うさぎとかめ:『まぜそばT』の場合
学生寮には魔物が居る。
そもそも、学生寮は異質な環境だ。同世代の男子学生が集まって共同生活しているのだから当然である。もめ事も起こるし、日常生活の摩擦でストレスが溜まる。そのため、大抵の者は1、2年で寮を出て一人暮らし、あるいは気の合う者とルームシェアを始める。
だが、各世代に数人、寮生活に適合し4年、あるいはそれ以上居座る者達がいる。彼らは皆、往々にして魔物と呼ぶにふさわしかった。
『
そんな魔物に挑むのは『
彼らが行う『まぜそば
以上。ただし、『雷鳴亭』への感謝とリスペクトは忘れてはならない。
夕方、腹を空かせた彼らは寮の玄関で
「よおバニーちゃん。そんな小さな体でそもそも完食できるのかい?」
「アンタがそないな顔をしてられるのも今日までや。後で吠え面かくなや? 『貪食』。」
ロビーに集合した
さらに団地を抜け、『雷鳴亭』に到着する。まずは食券を購入する。
「お先にどうぞ。」
「フン。あんがとさん。」
『貪食』が紳士的に先を譲る。あるいは慢心か。『神食』が先に席に座って、食券を渡し注文が通る。一歩リードだ。
『雷鳴亭』のまぜそばはシンプルだ。大きな
『神食』は
彼はまぜそばを受け取ると、手早く卓上のこんぶ酢とラー油をそれぞれの手に持ち、こんぶ酢を3周、ラー油を1周、回しかける。流れるような動作で箸に持ち替え、麺とトッピングをひっくり返す。そして一口。ズズズッ! 口の中で満腹中枢を刺激し過ぎない適度に噛み砕き、
続いて、『貪食』の卓にもまぜそばが届く。彼はその巨体を生かした
ところで、麺類のフードファイトには禁忌がある。それは水を飲むことだ。飲んだ瞬間は楽になり、箸も進むが、しかし腹の中で麺が水を吸って膨張する。その結果すぐに満腹になってしまうのだ。だから普通はだれもやらない。普通なら……。
――『貪食』は普通ではなかった。彼は大きく一口、麺を啜る。そしてろくに噛まないうちに、水でそれを流し込んだ。『流し込み』、それは彼にだけ許された技。圧倒的な胃袋を持つ彼にしかできない芸当だった。
『神食』はあっという間に逆転される。そして自分の椀が残り3分の1程度となったところで、隣から、
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです。」
などと聞こえる。余裕たっぷりに出ていく『貪食』を見て、『神食』は吹き出しそうになり、少しむせる。水が飲みたい。いや、いっそ『流し込み』を真似するか……。しかし、彼は踏みとどまる。勝負はまだ終わっていない。
『まぜそばT』では寮に帰るまでの速さを競うのだ。帰り道は温存など必要ない。スピード勝負ではこちらが有利だ。それに、『貪食』といえども『流し込み』の反動は大きいはず。水っぱらでろくに走れないはずだ。
自分に言い聞かせて冷静さを保つ。まずは自分のペースでまぜそばを食べきる……。
「おっちゃん! ごっそっさん!!」
なんとか食べ切った彼は急いで寮へと向かう。団地を抜け、最後の坂へ。寮の門が見える。その手前に『貪食』が見えた。
急げ! そう自分に言い聞かせる。ここからは全力疾走だ。痛む脇腹も気にせず、一所懸命に走る。ビーチラグビーで鍛えた脚で坂をのぼる。
『貪食』は勝利を確信していた。自分が出ていく瞬間の『神食』をみて、あとは自滅するか、諦めるかのどちらかだろうとたかをくくっていた。だから気づけなかった。自分に迫る影に。彼は寮の門を抜け、玄関の扉に手をかける。――だが、その瞬間、風が吹いた。
『神食』は『貪食』を捉える。小柄な体躯を生かして、がら空きの脇の下を抜ける。『貪食』は思わず、一歩後ずさる。その時、扉にかかった手をそのまま引き、ドアが開く。開いた玄関に『神食』が飛び込んだ――。
ロビーで決着を待っていた
「新たな王の誕生だ!」「我らが『
シュプレヒコールが鳴りやまぬ中、『神食』は、膝をついた『貪食』に言う。
「ええ勝負やった。やけどな、うさぎはアンタのほうやったっちゅうわけや。」
こうして『まぜそば
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