第4話

 城館内の今まで使われてこなかった各部屋に機材が運び込まれて賑やかくなってゆく。

 物見櫓の塔には大隊旗の「彼岸花」が晴れた空に翻っているのを軍服に着替えたリーゲンクロイツは廊下の窓から眺めた。

 すでに発令から2日が過ぎていた。

 城館内には戦車中隊、砲兵中隊、歩兵中隊、工兵中隊、高射砲中隊、などなどが、武装とともに続々と集結し、装備点検を始めていると報告が上がってきている。

 命令が真実であり、そして何事をも退けるほどに最優先されていることを思い知った。

 如実に感じたのはリーゲンクロイツ自身の軍籍復帰だった。軍に影響力を誇る実家の戦家の介入で抹消されていた軍籍は戻り、そして自身の誇りと名誉と大佐の階級章は再び輝きを放ち始めていた。

 職務は准将付き、所謂、副官として仕えることを希望した。それを聞いたクックルスとニーホアはドス黒い笑みを浮かべながら本当に狂喜乱舞してその場で手書きの命令書が渡され今に至っている。


「あんたしか、准将を癒すことはできないだろうからね。でも、なにかあったら言うんだよ」


 ニーホアの少し寂しそうな、羨ましそうな、笑顔に励まされた。たった数時間で一昨日までメイドのカンパネルと2人、この広い城館で過ごしていたことなど嘘のようだ。

 カンパネルはメイド服から補給中隊将校の服へと袖を通すと嬉しそうに戦友のいる部隊へと合流していった。


「おはよう、リーゲンクロイツ」


「おはようございます。准将」


 その声が耳元に届くと素早く振り返る。そして最高の笑顔と声と敬礼で返事を返した。

 懐かしい日々がこの一時に思い出されて目元が潤んだ。ホウライ・リシュバト特任准将は笑顔を見せながら近づくとリーゲンクロイツの腰に手をまわして引き寄せ、頬に軽く口づけをした。


「准将、軍務中ですよ」


「昨日の夜は可愛かったのに」

 

 耳元でそう囁かれてリーゲンクロイツの顔が真っ赤に染まる。

 久しぶりに出会った恋人同士のようなものだ。そうもなるだろうと生真面目な自分に言い訳をしながら、名残惜しそうに腰の手から離れ少し下がって准将をしっかりと見据えた。

 彼の笑顔が消えて、本来の軍人としての凛々しい顔が再び目の前に現れる。


「報告します、准将。大隊の組織化は順調に進行中です。久しぶりの再会に各部隊で喜びの声が上がっております」


「重畳、大隊司令部に顔を出したほうがいいのかな?」


「いえ、クックルス様とニーホア様が指揮を取っておられますので、問題はないと思います。それよりも、時差ぼけ准将をどうにかするようにと指示を受けています」


 時差ぼけ・・・いわゆる10年のブランクを言っているのであった。

 甘い時間を過ごしたのち、准将と2人で復習するように兵器や戦術を調べてみたものの、特段の進化というものは見受けられなかった。実際のところこの10年は[復興の10年]と位置付けられており、軍と兵器に資金を投入するよりも戦禍で疲弊した国力を取り戻すため、国民を食わせるためにどこの国家もなけなしで絶望的なほどの「復興戦」を行っていた。

 カンパネルにも色々と聞いてみたが、それほど変化はないという結論だった。


「よし、じゃぁ久しぶりに各部隊をまわってみようかな」


「え?」


「だって、久しぶりだからね」


 そう准将が言ってくれたことが嬉しく、彼は変わっていないことにも安堵もした。

 前線指揮を好むホウライ准将は常に各部隊を気軽に訪れては喜怒哀楽を兵士と共にしていた。特に上陸作戦時の絶望的な戦闘で後ろでふんぞり返って指揮を執っていた連中とは違い、早々に上陸し、ある程度の安全を取った橋頭保で陣頭指揮を執る准将の姿は大いに士気を高め、その後の戦況を物語ったと言っても過言ではない。

 そんなことを考えていると、ふと階段を踏みしめて駆け上がってくる音が耳に入ってきた。


「准将!ご帰還をお喜び申し上げます!」


 巨大な大男だった。

 登り終えた廊下の先からそう大声で叫ぶとこちらへと足音を立てて向かってくる。

 きっちりとアイロンの掛かった戦闘服に戦闘靴、腰には拳銃を下げていることから歩兵中隊所属だ。だが、緑色の固い皮膚に2本角を持ち、人相は悪いときている。まるでマフィアのボスのような凶悪な顔つきが満遍の笑みを浮かべて迫ってきていた。

 仮に拳銃か剣を握って現れたなら、殺し屋と言っても差し支えない。

 ゴブリン族出身の歩兵中隊長、ギーディ少佐であった。


「ギーディ、久しぶりだね」


「お久しぶりであります。准将」


 ホウライがそう声をかけるとギーディはその場で直立不動の姿勢を取り、そして大きな手で敬礼を向けたのちそう返した。凶悪そうな笑顔の中に溢れんばかりの嬉しさが溢れているのがリーゲンクロイツには感じ取れた。


「歩兵中隊は全員集合した?」


「ええ、全員が到着しております。現在は装備点検の最中です」


 ギーディ少佐の指揮する歩兵中隊はある種有名だ。

 種族間の差別が残滓として残っている諸王国で各民族ごちゃ混ぜの構成部隊を作り上げたからである。最初こそ揉め事もあったが、実戦を経験していけば死と隣り合わせの世界なのだから、話が進み、理解が進み、それは結果として強固な歩兵中隊となった。その団結力は一族の団結とも呼ばれており、彼らの歩兵中隊は戦中「ラーディア悪党」と渾名がつけられている。


「それはよかった。そう言えば奥さんは元気かい?」


「ええ、元気です。子供も2人になりまして家が賑やかになりました」


「そうか、それは重畳、女の子?男の子?」


「一男一女です。可愛くてたまりません」


 和かに笑って愛娘を自慢する父親をしているはずなのに、どうしてなのだろうか、その表情と容姿は子供を攫って食ってしまうのではないかと思えてしまう。先ほどの素敵な言葉をここまで台無しに体現できるものはいないだろう。

 彼は胸のポケットから写真を取り出しすと准将に差し出した。


「リア、ガルム、であります」


 皮膚は薄い緑色であるが、2人ともエルフ特有の長耳を持ち可愛らしい笑顔を浮かべて母親に抱かれていた。

 その母親もこれまた美しく女神が絵画から抜け出てきたと思えるほどで、後ろから覗き込んだリーゲンクロイツも女性ながらに思わず見惚れてしまうほどである。

 

 妻の名はミアといい、元帝国軍人である。

 

 2人の出会いは、戦場の崩れた廃屋で敗色濃厚となり、また、負傷を負ったために友軍から見捨てられて自決しようとしたミアをギーディが寸前のところで止め、自決の過ちを延々と説得し続けたそうだ。それは実に紳士的な説得であったそうで、最終的に両手をあげて投降し捕虜となった。捕虜収容所へと移送されてからも2人は文通を通じて関係を深めてゆき、やがて終戦と共に解放されたミアは帝国には戻らずにギーディの妻となったという美しい話であるのだが、彼の容姿から察すれば、「戦場で散々手籠にして妻にした」と言う話の方が筋が通るため、2人の結婚式では神父が愛の誓いを震えながら3回確認したという逸話が伝説となって残っている。

 

「可愛らしい子供達だね。そんな幸せな家庭から父親を引き抜いてしまって申し訳ないのだけど、死なないように頼むよ」


「ええ、死は大隊規則に反しますから、必ず生き残ります」


「重畳、重畳、全員にそう改めて伝えておいてくれる」


「了解しました。必ず伝えておきます。」

 

 ギーディがミアの自決を止めた理由の1つがこれであった。

 大隊規則1条1項目「許可なく死ぬことは許されない」という厳しい掟がある。大隊に所属するものは死ぬ時は大隊長の許可を得なければならない。そして、もっと大元には「死んではならない」とある。命を大切にせよとかそういった類の話ではない、1人減れば戦力が1減るのだ。その1を失うことがどれだけの損失であるか、と言うことを考えよということである。


「あ、そうだ、ついでに君の部隊に会いに行こう」


「巡視ですな?ご案内致します!」


 3人は昔のように笑いながら、過去の話を肴にゆっくりと階段を降りていった。


 



 

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国苦の大隊 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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