第3話
城館の豪勢な作りの応接室の扉をノックもせずに開くと、ゆっくりとリーゲンクロイツのお茶を飲んでいた客人は、驚くのと同時に勢いよく立ち上がり入ってきた2人へと敬礼を向けた。
「お久しぶりです。准将」
「ご無沙汰だね、准将」
「久しぶり…。いや、お久しぶりです。両閣下」
ホウライは返礼を返すと姿勢を正した。元部下で副大隊長のクックルスは中将の星をつけ、もう1人のニーホアは少将の星を付けていた。
10年の合間にしっかりと昇進を果たしているようで准将の彼より階級が上であった。
「我々は今も准将の部下です。お気になさらないでください」
丸い片眼鏡に禿頭、二重顎にでっぷりと出たお腹が特徴的な、いかにも悪役に見えるクックルスはホウライの腹心だった。性格は容姿とは正反対で部下を慈しみ、兵を無駄に死なせないために東奔西走する。心優しい男である。しかし、問題はその笑みが恐ろしく意地が悪そうで気持ち悪く見えてしまい、なにをしても悪く捉えられてしまう、ある意味で可哀想な男でもあった。
「私もそう思うぜ。准将」
2メートル近い高身長にエルフ特有のスタイル、一見、モデルのように素敵な容姿だが、細面に狐目、感情の現れることのない能面の表情、まるで氷の女王のように冷たい印象を与えるニーホアが雰囲気にそぐわない言葉遣いで嬉しさを表した。
「では、そうさせてもらうよ。クックルス、ニーホア、状況の説明をしてもらえるかな?」
「分かりました。しばしお待ちください」
2人の前にある長机のティーカップをリーゲンクロイツが下げるとスルト大陸の地図が広げられた。日本の北海道を丸々大きく広げたような大陸全図には大小の国々が記載されている。ホウライにはそれが広げられた時点で、ランドロッド国内での活動でない事が理解できた。
「国外派兵か」
ホウライの問いにクックルスがニヤリと笑った。
「はい。ティル帝国への派兵となります」
ティル帝国はいわゆる道東にあたる部分を丸ごと統治している大帝国である。広大な平原が広がり有数の穀倉地帯を持つ彼の国は、いわゆる道央の下部にあたりの諸王国連合に対して突然、宣戦布告を行った。
ティル13世皇帝陛下が崩御し、第一皇子派と第二皇子派で泥沼の権力闘争中であった帝国は、第二皇子派が最終的に権力を手中に収め、その箔付けの為に宣戦布告を行ったのだった。
開戦当初は攻め込まれた諸王国連合軍であったが、帝都を脱出した第一皇子をひょんなことから保護した我が大隊は、支援という名目で彼と彼の側近を脅迫し、帝国の軍事の要衝の機密情報を聞き出して帝都まで一気に攻め込んだ。
長期戦になれば負け戦が確定であったから短期決戦に持ち込んだのだ。数週間後には帝都を強襲し、美しい城外壁を戦車隊と野戦砲で破壊して突破し、市中を破壊のままに蹂躙し、帝国の威信の象徴であった白美のガーディアン城を徹底的に破壊し尽くし、城内にいたありとあらゆる人々を1人残らず捕縛、処刑し、皇帝に即位した第二皇子を捕らえて停戦を全軍に命令させた。
停戦後、第一皇子にこの事を告発されたが、連合と帝国との内密で公にしたくない話し合いの果てに我が大隊は責任を取らされる形で解隊を命じられた。実際のところは我が大隊だけでなく諸王国連合軍の協力があったからこそなし得えた戦果であったのだけれども。
まぁ、それもこれも悪人面の人間ばかりが我が大隊にいた事が原因だろう。
性格が悪そう、陰険そう、絶対に裏切りそう、そんな顔つきの者たちで編成された大隊、それが我が大隊である。
諸王国連合軍での通り名は「国苦の大隊」。帝国を戦火によって苦しめ、諸王国連合を戦渦によって苦しめ、ランドロット王国を戦禍により苦しめた。このことからついた俗称で今では正式名称であった。
「しかし、よく諸王国連合軍が我々の再編を許したね」
「それがな准将、帝国からの要望なんだとよ」
ニーホアが呆れたといったように冷たい声でそぐわない言い方で言った。
「ほう、帝国から?」
すかさずクックルスが説明に割って入る。
「帝国の上部グラリンデ地方、あ、准将の言い方ですとオホーツク地方と言った方がいいですかな?そのあたりで反乱が発生しておりまして、すでに何箇所かの都市が落とされております。」
「我が大隊とはあまり関係ない話に聞こえるね」
「ええ、しかし、そうではないのです。反乱を起こしている者は旧第二皇子派の残党のようでして、諸王国連合内でもテロ活動を行っております。我が国でも商業施設などで爆破テロがありました」
数枚の写真が卓上に並べられていく。どれもこれも爆破後の現場検証で撮影されたもので、中には保育園か小学校と思しき写真もあり、沢山の子供たちの亡骸と怪我をした幼児が写されていた。
「ほう、子供たちも標的なのか」
「守るべきものを守れないとは悔しい限りだよ、准将」
微動だにしないニーホアが悔しさを滲ませた口調で言う。写真を見てムッとした顔つきになったクックルスが説明を続けた。
「そこで諸王国連合と帝国のとの話し合いが行われ、我が大隊を再度編成し、帝国の治安維持に投入することが決定されて現在に至っております」
今度はニコニコと気持ちの悪い笑みを浮かべてクックルスは、地図の反乱分子制圧地区を中指で弾いた。
「ああ、そう言うこと。我々は囮か」
「はい、その通りです、、彼らにとっては我々はまさしく怨敵ですからな」
笑みを浮かべたままクックルスは頷いた。
「胸糞悪い作戦だぜ、自前で処理できないからって情けねぇ帝国だ」
ニーホアはリーゲンクロイツの淹れた紅茶を一口飲んんで、ティーカップをソーサーへと叩きつけた。
「まぁ、それもいいだろうが、我が大隊の編成は変更はないだろうね」
「それはもう。全ての将兵を招集し、すべて復帰を希望しました。ここへ集合するように発令されております」
「どれくらいで?」
「今先程最終発令を行いましたので、1日を置かずに集合します」
さらに笑みが増したクックルスに、ホウライも笑みを返した。その笑みを見て他の3人が背筋を正し身震いをする。
「素晴らしい。それは重畳、重畳」
パチパチと手を叩いたホウライの口元は満遍の笑みを浮かべて三日月のように笑っていたが、それ以外の部位は一切が無表情であった。見ているものが気持ち悪くなるほどのアンバランス差であり、3人とも思わず目を背けた。
「軍令部はなんと言ってきている?」
諸王国連合軍軍令部、各国軍はこの連合軍軍令部から指揮命令を受けて活動している。ここから命令を受けるとなると制約が多すぎ、我が大隊の動きが阻害され金ない。制約があるのなら早めに手を討たねばならないとホウライは思った。
「はい、全て准将にお任せすると。リング元帥おりお言葉を頂いております」
顔を逸らしてクックルスが答える。その言葉にさらに笑みを浮かべたホウライは最早、人間とは到底言えぬほど、恐ろしく、いや、もはや嫌悪感を抱くほどの表情で笑った。
「よし、大隊全員に伝えてください。総員戦闘準備、掃討戦に備えよと、どうせあれだろ。軍令部にも、王国司令部にも、王宮にも、顔を出さなくていいんだろう」
我々が挨拶に行けばとんでもないとばっちりを喰らうとばかり考えている連中の巣窟には行きたくもない。
「おっしゃる通りだぜ。准将」
視線をずらしてはいるが、ニーホアが無表情で怒りを表す声色で応えた。
「よし、それならなおのこと重畳、私も準備にかかろう。諸君らも準備に奔走してくれ。我が大隊は急ぎ現地へ飛び彼岸花の軍旗を飾ろう」
「了解しました!准将!」
2人は目を逸らしたまま敬礼を向けてその言葉に応えた。
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