後編
「サミュエル様、わたくしにお世継ぎを産む機会を頂けませんでしょうか」
陛下からの条件を聞かされたわたくしは
その日の夜にサミュエル様に対して
懇願してしまったのです。
サミュエル様はわたくしに対して
「気持ちが伴わない行為はしない」と
はっきり拒絶を示しました。
このことにより
わたくしの最後の希望は打ち砕かれました。
その後は自分の顔に
笑顔という仮面を貼り付けて
サミュエル様と他愛もないお話をして
自分の部屋に戻りました。
これからどのようにして
自死をするかを考えましたが、
事故に見せかける事が出来る方法は
ただ一つだけでした。
それはわたくしの住んでいる
離宮の池に架かる橋から着衣のまま
池に身を投げることです。
真冬である今であれば
池に氷が張るほど冷たく
水深も深いので問題ないでしょう。
仮に誰かに助けられたとしても
足を滑らせてしまったと
わたくしが証言すればいいだけです。
人目につかないように自死を行うために
夜に池に向かうしかありませんが、
今まで夜に出歩いた事が無いため
池で溺れたことに対して
不審がられてもいけません。
その為に今日から毎日
夜に池に向かおうと思います。
池に向かうと当然の如く誰もおらず
静かに水面が波打っていました。
雲の合間から月が水面に映り
空からは雪が降りとても幻想的です。
この幻想的な景色に包まれて
愛しい人の明るい未来を思い描きながら
池の底に沈んでいけると思うと
自死する事への怖さが緩和されました。
それからは毎日欠かさず池に向かい
自死の決意を揺らがないものにしていきました。
そして毎夜欠かさず池に通い始めて10日目に
わたくしは池に身を投じました。
想像通り池の水は肌を刺すように冷たく
沈む身体に力を入れずに身を任せながら
水面の方を見上げると月が見えました。
奪われていく体温とは反対に
心は達成感と月の美しさで
幸せを感じています。
肺に溜まっていた最後の空気が
口から溢れて意識が遠ざかりました。
…──────────
不思議なことにあの世は
とても温かく安心する空間のようです。
温かい空気に包まれて
前世の苦しみを癒してくれる気がします。
少しずつ瞼を開けていくと
サミュエル様の心配そうな顔と
見慣れた部屋の景色が見えてきました。
サミュエル様に
もう一度会えたことへの喜びと
自死出来なかったことへの絶望で
わたくしの心は一気に乱され、
大声でサミュエル様を罵倒しながら
涙を流しはじめました。
「なぜですかッ!?
なぜわたくしは生きているのですッ
もうこれ以上ッ…
苦しみたくないのです…
わたくしでは世継ぎを産むことが出来ず
傍に居てはサミュエル様にご迷惑がッ…!!」
サミュエル様はわたくしが
自死しようとした事をあの日の
五日前から気付いていたそうです。
夜は外に出歩かなかった
わたくしがいきなり
夜中に池に向かうようになり
サミュエル様は違和感を感じて
わたくしに変わった様子が無かったかと
侍女に聞いて回っていたようです。
侍女の一人が陛下との謁見の後から
様子がおかしくなったと証言しました。
それによりサミュエル様は
わたくしに対して何を言ったのかと
陛下に問いただしあの条件を聞きましたが、
その時には既にわたくしに対して
「気持ちが伴わない行為はしない」と
言ってしまった後だったことから
わたくしにかける言葉が見つからず
橋を歩くわたくしを
遠目から眺めていたそうです。
そんなある日、サミュエル様は
わたくしが池の中に身を投じる姿を見て
助けてくださったそうです。
「アンジェリーナ
落ち着いて聞いて欲しい。
僕は君の事を愛しているんだ。
幼い頃から婚約をしていた事により
他の人と恋愛をした事が無かったから
君が池に身を投じる姿を見て
このままでは君を失ってしまうと
心が締め付けられる思いをするまで
君に対して抱いていた感情が
愛だということを自覚できなかった。
君は僕に会う度に愛おしそうな視線や感情を
隠すことなく僕にぶつけてきた。
僕は自分の気持ちが分からないままで
君に会う度に苦しんでいるのに何故だと
君に対して見当違いな苛立ちも覚えた。
世継ぎを生みたいと言われた時も
君の気持ちを踏み躙ってしまった。
父上から条件について聞かされた時は
この苦しみから解放されるのだと
喜んでしまったのも事実だ。
それから毎日君が池の橋の上で
水面を眺めているのを見て
このまま消えてしまうのではないかと
不安に駆られていた時に
君が池の中に身を投じたんだ。
それを見た時に足が動かなくなって
助けるのが遅くなってしまった。
本当に申し訳ない。
アンジェリーナ…
君が生きていてくれて良かった。
今更かもしれないが、
これから先も僕と夫婦として生きて
世継ぎを産んでくれないだろうか…」
サミュエル様から紡がれる言葉は
どれもわたくしに都合のいいように
脳内で変換されているのではと
疑ってしまいたくなるほど
信じられないものでした。
今までの様子を思い出しても
わたくしに対して
愛情を抱いているようには感じません。
わたくしに対しての罪悪感からでは?と
サミュエル様を信じることが出来ず、
1ヶ月様子を見て返事をすることにしました。
それから1ヶ月間、
サミュエル様は公務の合間に時間を見つけて
わたくしの自室を訪れ愛を伝えて下さり
夜には食事を共にして
一日を振り返る時間を設けて下さいました。
その行動を見て、
わたくしはサミュエル様の
お言葉を信じることに決めました。
その事をサミュエル様と共に
陛下にご報告を行った時に
陛下から祝福と謝罪を述べられました。
サミュエル様がわたくしに対して
特別な感情を抱いているというのは
周りの方達からすれば
周知の事実だったようです。
わたくしを焚き付けることによって
サミュエル様の気持ちを
自覚させようとしたと…
まさか自死を選ぶとは陛下も思っておらず
このような事は今後絶対にしないと
約束して下ったので許すことにしました。
その後は、サミュエル様と
お互いの気持ちを確認し合って
本当の意味での夫婦になり
翌年の春には男女の双子が、
その次の年には男児が生まれました。
サミュエル様はわたくしに対して
毎日愛を囁いてくださり
生まれてきた子どもたちに対しても
深い愛情を持って育児に関わっています。
随分と遠回りしてしまいましたが、
最愛の人と結ばれてわたくしは幸せです!
ただ、この子たちの婚約者は
少し遅めに決めようと思います…ふふふ。
━━━━━━━━━━━━━━━
《補足》
アンジェリーナが池に身を投じた時期
→ ××1年 2月 (冬)
双子が生まれた時期
→ ××2年 4月 (春)
男児が生まれた時期
→ ××3年 7月 (夏)
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました。 @sh1onm
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