Rein
チャコ
私の死
今日も夢の中で、私が死んだ。
毎日毎日、私は夢の中で誰かに殺されている。
銃殺、撲殺、刺殺・・・。
感電死、溺死、窒息死などなどなどなど。
殺し方は何時も違って、今日は獣達にお腹を食べられて死んじゃった。
殺され方は何時もリアルだった。
私はつい先程の夢で、獣達に食われたばかりのお腹を庇う様に押さえた。
痛みの感触も今も続く不快感も、それでいて自分の内臓が引き摺り出されていく感触を今でも感じ取る事が出来る。
私を殺している、その誰かの顔は見えるけど見えない。
確かに顔は見えている筈なのに、ハッキリと見える事は今まで無かった。
何時も何時も、私は殺されようとしている時にその人の顔を見ようとする。
けど、見えない。
だって、その人の顔を見ようとすると何時も霧がかったかの様にボヤけていて、
それでいてその人の顔は万華鏡の様にグシャグシャになっているから。
年上か年下か、男の人なのか女の人なのか。
そもそも、そいつは本当に「人間」なのかもすらわからない。
だから、私は必死になって抵抗しても無駄だった。
正体も分からない相手に対して、対抗策なんて存在しないからだ。
その内、私は抵抗する事も無く、無抵抗のままその人に殺された方が良いと言うことに気付いた。
諦めた訳じゃない。
そいつが私の抵抗する姿を見て、喜んでいる事に気付いたからだ。
顔が見えなくても分かる。
だって、私が悲鳴を上げている時、
そいつは態々私の反応を伺うかのように顔を近付けて、
私の表情をジィっと見つめているからだ。
真っ暗で底が見えない、がらんどうの目を見開いて。
それに気付いてからは、私は悲鳴を上げまいと努力した。
こんな奴を喜ばせたく無かったから。
でも、大抵は失敗して、その男の手で私は何時も滅茶苦茶にされて殺された。
グチャグチャグチャグチャグチャ・・・
不思議な事に、そいつに殺されている時は絶対に死んだと思う筈の傷を受けていても生きていた。
首を切り落とされた私は、離れた場所で私の胴体が解体されていくのを見つめていたし。
肉塊になっても、最後まで切り刻まれる感触は最後まで感じ取れた。
夢の中だからかもしれないけど、私はそいつの仕業だと考えている。
そうじゃないと、ありえないから。
そんな風に考えでもしないと、気が狂いそうになりそうだから。
・・・・・・
何故、私なのだろう。
どうして、他の人ではなくて私なの?
私はただの女子高生で、いじめられたとかいじめたとかそんな事もなくて、
誰かの恨みをかったとかそんな事も無かったと思う。
それなのに何故?なんで!?どうして!!
目が覚めると、何時もその事ばかりを考えてしまい、頭の中がぐるぐるとかき混ぜられたかの様な気持ちになってしまう。
自己憐憫だと言われてしまえばそうだとしか言えないが、そうと考えないとやってられなかった。
辛くて苦しくてもう嫌で、自然と涙が溢れてしまう。
喉の底から悲鳴まじりの嗚咽を漏らすが、声を出さない様にしないといけない。
そうしなきゃ、「ここ」でも誰かに聞こえてしまうから。
扉が開き、私の部屋に白い服を着た誰かが数人入って来た。
あぁ、しまった。やっぱり聞こえてたんだ。
彼らは私に向かって優しい声で「落ち着いて下さい」と話して来た。
やけにその声がゆっくりとした調子で聞こえてくる。
私は「大丈夫です。もう落ち着きました。」と声に出したつもりだったが、
「あ゛ー!!あ゛ーっ!!ヴぅー!!!」
喉から出て来たのは、とても女性が発したとは思えない獣の様な呻き声だった。
「ごめんなさい」と言おうとすれば「グゥぉおおあああ!!!」と出て来る。
自分の感情を言葉にしようとしても、上手く言えない。
その内、白い服を着た人達は互いに顔を見合わせて「どうか落ち着いて下さい」と話してくる。
落ち着いてるよ?私はこう見えても落ち着いているんだよ?
でも私の心は落ち着いている筈なのに、私の身体はそれとは反対の行動をとってしまう。
赤ちゃんの様に叫び、白い服の人達を叩く私。
そんな私を見て、彼等は私の体をベッドに押さえつける。
そうだよね、こんな乱暴な事をするんだから当然だよね。
心は冷静なのに、体は相変わらず奇声を発して暴れている。
歯を剥き出して喉を唸らせ、押さえつける腕の皮膚に爪を食い込ませる様を見て、
「まるで猛獣だ!鎮静剤を打て!」と白い服を着た一人が叫んだ。
鎮静剤。注射器。夢の中、また、あの夢の中。
鎮静剤という言葉を耳にした私は、最も近くにあった頭の耳に齧り付いた。
部屋の中に悲鳴が響き渡り、私の口の中に赤くてジュクジュクとした鉄の臭いが一杯になる。
耳が引き千切られてしまいそうだ。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
心の中ではどう思っていても、言葉に出来ないからそれが相手に届く事もない。
悲鳴をあげる彼から、私を必死で引き剥がそうとしている。
今、私はどんな顔をしているんだろう。
こんな時に、夢の中みたいに首が体と離れていれば見えたのかな。
でもきっと、本当に獣みたいな酷い顔をしていただろうから、見たくは無かった。
ふと、腕にチクリとした痛みが走った。
目線を向けると、注射器が私の腕に刺さっている。
その動揺を見逃さずに、白い服を着た人達は私から彼を引き離し、ベッドに拘束させた。
先程まで耳にかぶりついていた彼が、ダラダラと血が滴り落ちている耳元を押さえながら、私を鬼を見るかのような目付きで見つめている。
そんな目で見ないで欲しい。
悪気があった訳じゃあないの。
言葉になっていない罵声が私の口から飛び出した。
だが、その威勢も次第に弱まっていく。
また夢の中に落ちていきそうだった。
いやだ。嫌だ。嫌だ。
また殺されるのは嫌だ。
身体はそう思い、夢を見まいと体を暴れさせ続けている。
そんな私を取り囲んだ白い服の人たちが、注意深く私の様子を観察していた。
彼等にとって、私は早く寝た方がいいんだろう。
私もそれは知っている。
知っているからこそ、私は必死で身体を抑え付けようとする。
もう良いんだよ。落ち着いてって。
その内私の身体は徐々に、徐々に静かになっていき、最後にはベッドの中に深く沈んでいく。
私の意識も、夢の中に沈んでいく。
あぁ、また殺されるんだろう・・・
夢の中の、知らない誰かに・・・・・・
「彼女は落ち着いた様だな・・・大丈夫か?田尻くん」
「大丈夫じゃありませんよ!耳を引きちぎられそうになったんですよ!」
「そうだな、災難だったという他あるまい・・・しかし、この仕事に着いたからには、我慢して欲しい。納得いかないにしろな」
「・・・明日は休みを取らせて頂きますからね。それで、永井先生。彼女の症例は?やはり、精神疾患による暴力衝動ですか?」
「そうだな。発症したのは今から10年ほど前。彼女がまだ高校生だった頃、突如として発症。その後複数の暴力事件を引き起こしている。当時の医師によると、原因は両親の離婚と妹を不慮の事故で亡くしたことが重なった為と診断されている。」
「なるほど・・・辛い経験を起こした事が原因という訳ですか。しかし、だからと言って他人を傷つけて良いわけじゃあないですよね?それとも先生は、患者だから多少の振る舞いは許せと?」
「そんな意地悪な言い方はよしてくれ田尻くん。それに、今の彼女には何を言っても恐らく分からないだろう。彼女はこの暴力衝動に加えて、健忘症を患っていてな。記憶が長く続かないのだよ。前回の診断では、未だに自分の事を高校生だと信じ切っている」
「ふーん・・・浦島太郎状態って訳ですか。それじゃあ、回復の見込みはどうなんですか?」
「絶望的、だな・・・今では鎮静剤で落ち着かせる毎日が続いている。しかし、私はこのままでも良いかもしれん」
「というと?」
「恐らく、今の彼女が自分の現状を改めて知ったとすれば、その時は・・・自分の境遇を嘆いて自殺衝動を引き起こすかもしれないからな。死ぬよりかは、生きている方がマシ。という訳だ」
「・・・なるほど。納得は出来かねますが、まぁそういう事にしておきますよ。」
私は、今日も殺される。
夢の中で、誰かに殺される。
でも。
私もその事を願っているから、苦じゃない。
願わくば。
この繰り返す悪夢が、現実のものになりますように。
どうか、意気地無しの私に代わって。
誰か、心優しい人が私を殺してくれますように。
Rein チャコ @chaco312
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