隊長の話
@hatikaduki
隊長の話
最近キョーコちゃんの様子がおかしい。
芦川今日子、すなわちキョーコちゃんは文系不良のはぐれもので、もともと様子がおかしい子ではあったんだけど、
5月に美兼くんが引っ越してきてから、いままでとはちがう、へんな行動が増えました。
美兼くんがいると明らかに緊張しているし、美兼くんの視線がこっちに向いていると私の陰に隠れようとします。
私の陰に隠れられないときは消しゴムを拾う振りをして机の下に潜り込もうとします。
机の下に潜り込んだ状態から美兼くんの姿を伺おうとしてあちこちぶつけたりします。
絶対に、へん。
こ・れ・は…
→ 恋だよ!
恋じゃないよ!
恋だと思うんだよなー。
でもほら、こういうのってセンシティブな問題じゃないですか?
なんといっても私には
学校に友達がキョーコちゃんひとりしかいないので、
勘ぐって見当違いな事を言って気まずくなったら嫌です。
だから、私はこの件はさしあたりノータッチで見守る事にしたのです。
ただ、あたたかい目で…そう、私のたったひとりの大切な友達がもし私に助けを求めてきたら、その時はきっとなんでもしてみせる…そんなホトケさまのような気持ちを表情ににじませつつ、ひとこと声をかけるだけにしたわけです。
「キョーコちゃん、最寄りのコンビニと同じくらい役に立つ、春野みぞれです。よろしくね!」
キョーコちゃんの反応はこう。
「えっ何言ってんのハル…?よくわからず怖い…」
ふふふ、キョーコちゃんはこのいけずな感じが良いんですよ。
☆
さてそんな平穏な毎日が、にわかに動き出したのは美兼くんのアクションによるものでした。
学校でのお昼ご飯は、いつも教室でキョーコちゃんと食べているんだけど、
ふと気づくとすぐそばに美兼くんがたっていたのです。霊のように…おわかりいただけただろうか…なんか言えよ…。
キョーコちゃんも突然の事にびっくりしたようで、顔を背けながら両手が中途半端に持ち上がってファイティングポーズ風になり、お箸を持ったままメドゥーサと戦う人みたいになってました。
美兼くんはそれを見て涙を流したのです。すう…っと美しい涙が頬を伝いました。
すごい…男の子が泣くのを見るのは小学校の卒業式以来。
「あの、美兼くん…?どうしたの?うちのキョーコちゃんに何かご用ですか?」
私が声をかけると美兼くんは絞り出すようにこう言いました。
「…ちょう…」
「えっ何ですって?」
「隊長…!なんで無視するんだよ隊長!」
何を言ってるんだこいつ?
私の困惑をよそについにキョーコちゃんが口を開きました。
「ダメ、私はもうあなたの隊長では無いのよ」
「そんなこと!隊長はいつでも僕の隊長です!」
「あなたは立派になったわ。私の事は忘れなさい」
「そんな…隊長!僕を見捨てるつもりですか!?」
待て待て待て待て。
「待て待て待て待て、カームダウン!よくわからないので説明して欲しい!」
どうもつまりこういうことらしい。
キョーコちゃんはかつて悪ガキで慣らしていて、当時同級生だった美兼くんを子分にしていたのです。そして自分を隊長と呼ばせていた。
それであちこちに冒険をしに行ったりしていたのだけれど、美兼くんが転校する事になり、2人の関係は終わったのです。
で、キョーコちゃんはあらたにA子さんという同級生を子分にして、あちこちに連れ回しました。ところがA子さんは実はそんな扱いに不満があったようで、ある日教室でワッと泣き出し、もうこんな生活いやだ!と他のクラスメイトに訴えました。
「そのあと、地獄の学級裁判があった」
そう…。それはたいへんでしたねキョーコちゃん。
すっかりトラウマになったキョーコちゃんは、高校に上がった時にミスブッダとも呼ばれるわたくし春野みぞれに出会うまで、友達を作る事も無くむつかしい本を呼んで過ごしてきたのです。
ところがそこに美兼くんが転入してきて…というわけ。
「いいじゃん、聞く限り美兼くんとは喧嘩してなかったんでしょ」
「そ…そんなわけには行かないって。美兼くんがどう思おうと、私が美兼くんの事を何も考えなかったのは一緒だし、A子ちゃんの事を苦しめてたのも本当だし、いまさら隊長に戻るなんて出来ない」
「隊長に戻る必要はあるのかな…?」
「隊長は立派な隊長なんだから自信持ってください!」
うう、美兼くんも面倒くさいな。
「ちなみにさ、A子ちゃんていまどうしてるの?」
「奥田さん」
「え?」
「奥田英衣子さん」
「バスケ部の?隣のクラスじゃん!?そんなミニマムな話なわけ?じゃあ奥田さんにジャッジしてもらおうよこの話」
「えっ」
「良いと思います」
そういうことになった。
☆
奥田さんはバスケ部の2年生エースで、身長も180センチくらいあって、話に聞いていたA子ちゃんのイメージとはずいぶん違います。
放課後、2-Cの教室を覗いて、奥田さんの居場所を聞いて、それから体育館に移動する間、キョーコちゃんはずっと「オナカ痛いです」みたいな顔をしていました。
一方で、美兼くんときたらニッコニコ。キョーコちゃんと一緒にあっちゃこっちゃ行くのが、昔を思い出して楽しいらしい。
「春野さん、今日はありがとう。僕と隊長のためについてきてくれて。僕もハルって読んで良い?」
「距離感よくわかんないなー、美兼くん。もしかしてキョーコちゃん以外にはチャラいの?」
そうこうするうちに体育館に着き、顧問の先生に断って奥田さんに来てもらいました。
かくかくじかじか説明し、改めて奥田さんにお願いをする。
「だから奥田さん、むかしうちのキョーコちゃんが迷惑かけたかも知れないけど、そこは水に流して、道を示して欲しいの。よろしくお願いします!」
「というかその節は本当にごめんなさい…」
よよよ・・・とお詫びをするキョーコちゃんに対して、奥田さんは意外な行動に出た。
「こちらこそごめんなさい!」
えっ、どういうこと?
「私、あのころは背ばっかり高いモヤシで、体力も無くて、だからあっちこっち連れ回されてるうちに限界になっちゃったんだけど」
この時点でキョーコちゃんも限界ですという顔をしていた。
「でも、体力が限界だっただけで芦川さんに引っ張ってもらっていろんなことするのは嫌いじゃ無かったんだ」
あ、キョーコちゃんハッとした顔してる。うふふウケる。あと美兼くんが然り然りってなってんの若干なんだコイツ感ある。
「それなのに、クラスのみんながどんどん盛り上がって芦川さんを糾弾し始めて、ムッソリーニみたいにつるし上げはじめて、美兼くんを連れ回しててことも責められてたでしょう」
「えっ?」
急に自分の話になったので、美兼くんがびっくりしたようです。
「私の事よりもむしろ美兼くんと仲良かった事がみんな気に入らなかったんだよ。美兼くん小さいときからきれい顔してて人気あったから。それで美兼くんも嫌がってたはずだしそれを無理矢理連れ回したって」
「そんな・・・隊長ちがうからね?僕たのしかったし。体力的にもそんなに無理はしてなかったよ?というか隊長が責められたのって僕のせいなの・・・!?」
「ううん、悪いのはあのときのクラスのみんなと、それを止めなかった私だよ。だから芦川さんには本当に申し訳なく思ってる。私、それで体力つけようと思ってミニバスはじめて、筋肉もついたし、スタミナもついて、友達も増えたし、なんか成績も上がって、彼氏も出来たんだけど、でも芦川さんにちゃんと謝れてないのがずっと引っかかってて、だから・・・本当にごめんなさい!」
頭を下げる奥田さんに、キョーコちゃんは肩に手を触れて身を起こさせました。
「私の方こそごめんなさい。私が考え無しに引っ張り回したからあんなことになったんだし。それにありがとう、あのときの事を話してくれて」
「芦川さん・・・」
2人の瞳には涙が光っています。
こうしてキョーコちゃんと奥田さんとの間にあったわだかまりは解消されたのでした。なかよき事は美しきかな。めでたしめでたし。
☆
「あれ?それで僕はどうなるのかな?」
教室に戻る途中、美兼くんが言いました。みんなすっかり忘れていたのです。
「奥田さんにジャッジしてもらうって言って出てきたのにね。でももういいじゃない、奥田さんにも許してもらったんだし大手を振って美兼くんを子分に出来るよ」
「子分ってそんな・・・」
煮え切らないキョーコちゃんをよそに、美兼くんはニコニコしています。改めてみるとコイツ顔がいいな。まつげ長いし。きゃしゃな骨格もセクシーだし。
「なんだかんだで原因は私が突っ走ったせいなわけで、それにあれから私、半分引きこもりみたいなもんだし」
「その分面白い本とかいっぱい読んでるよね、キョーコちゃん」
「そうなんだ!おすすめを教えて欲しいなあ」
「いや・・・それは良いけど・・・。でもいまさら隊長なんて顔が出来るとは思えない。でも、」
キョーコちゃんはひとつ大きく息をついて、美兼くんと向き合う。そして少し震える声で言ったのです。
「どうしてもと言うなら、さしあたり、お友達からはじめるってことでどうでしょう?」
「よろこんで!」
美兼くんはキョーコちゃんの手を取って喜びました。
窓から外を見れば晴れ晴れとした空、初夏の日差しに校庭沿いに植えられたサクラやオークの葉が青々と輝き、メジロやオナガが飛び交っている、そんな5月のころの事でした。
☆
「これでいーの?ハル」
「OKOK!キョーコちゃんは大好きだし美兼くんはイケメンだしすごい推せるカプだと思う。関係性もすごいへんだし」
「あんまりふざけないで!」
キョーコちゃんの必殺のカーフキックが私に炸裂!元気が出たようで何よりです!私も推しカプが増えてご飯がおいしい!三方良し!やったね!(終)
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