あの子と1on1

うちの高校の女子バスケ部は公立の割に県内ではけっこう強い。

なんでかって先輩たちがみんなかなりマジでやってるのと、そのなかでえーこ先輩がぶっちぎりでマジだからだ。

2年の奥田英衣子先輩は県内ではちょっと知られた選手で、まず身長が180近くあるんだが、それ以上に練習してる時の真剣さが部内で一番。

クソ体力があるので練習中はいつも元気いっぱいで気の抜けた瞬間がないし、声も一番出てる。

えーこ先輩、練習中にたまにでかい声で独り言言うんだけど、それがだいたい今やってる練習のポイントで、それがいちいち的を得てる。

あとたまにただ「がんばれ!」って自分に言ってる時があって、それがちょっとかわいいしそれ聞くとレアキャラ発見したようで楽しい。

なので練習の最初の声出しで掛け声かけるとこっちも気持ちが切り替わって練習をマジでやることができるようになる。

体格もごついんだけど骨格が美形?で、まあ、ちょっとカッコイイ。スーツ着せたらみんなキャーキャー言うと思う。



な ん だ が 。

えーこ先輩には彼氏がいる。

いつも昼休みはおおまか女バスで集まってごはん食べるので、学食まわりに女バス軍団ができるんだけど、その解散際に男子バスケ部の眼鏡の先輩がえーこ先輩を回収してクラスまで戻っていく。それを見るとちょっとだけひやっとした気持ちが背中に差し込んできたりはしてた。

でもね、ちょっとだけだったんだよ、そういうの。それまでは。

それが、こないだからヤバいんだよ。

まずメガネ先輩の呼び方がそれまで苗字呼びだったのに名前呼びになった。えーこちゃんて。なんかジェントルな雰囲気だしてさ。

で、呼ばれたえーこ先輩がヤバい。

試合中と同じくらいのキレキレの反応速度で振り返るし、うれしい!たのしい!だいすき!が全身から出てる。

えーこ先輩側からの呼び方も、それまでは苗字に君付けだったのが、いまは「けーちゃん」になってるし、それがまたベタッとした質感の中にうれしはずかし半笑いがあって、だいぶきつい。

そして一緒にクラスに戻る時の距離が近い。なんかもう斜めに立ってる。あるいは首をかしげてはてなマークみたいになってる。歩きづらいだろって思う。

で、何話してんのかなと思うとまあバスケの話だったりするんだけど、自分がいかに頑張ったか説明して「ほめていいんだよ?」とか言ってるわけ。で、頭ぽんぽんされてんのね。そしたらギャー恥ずかしー!ってなって。

なにがしてーんだよマジで。練習中と落差ありすぎ。公共の廊下だぞ。せめてもっと人のいないところでやれよ。一応部活の時間とは態度を分けてるわけだけどさ。



まあそういうわけで2年生エースのこのかっけー先輩に対して、いまは幻滅気味なんだけど、でも自分としてはそこまでショックというわけではなかった。

なぜか。

100倍ショックを受けてるやつが隣にいるんだよ。

「く・き・きぃ~!」

「今日もヤバかった」

「うあうあうああ!!」

この、校舎の壁に身をあずけながらくずおれ、壁に爪を立てていたのがそのまま残って万歳みたいな体勢になり、なんというか伸びをするネコチャンと貞子を足して2で割ったオバケみたいになってんのが、高校入ってからの友人だと部活とクラスが同じでいちばん一緒にいる時間の多い、幾野しずかってやつ。

一緒にいる時間は多いけど、こいつはバスケ部としちゃ背は高くないんだけど正統派美少女って感じで練習中にポニテにすると凛々しくて、普段話してても金持ちって感じとは違うけどなんというか育ちのいいお嬢さんぽさもあって、溌溂としてかーいらしーけど本格的に仲良くなるにはちょっと距離を感じたりはしてたんだよね。あたしが、勝手に。

それがまさかこんなヤバいやつだとは…。

幾野さんはえーこ先輩と同じ中学出身で、その分つきあいも長いし、私にはわからないなんかがあるんだろうけど、それにしたってここまでなるか?異常だよな。

「そんなに…、そんなにさぁ、そんなに自分の価値を下げるのが好きかよォ…!べたべたしてさ…知性とかないじゃん。倫理とか。なんらかの法律に抵触するよ」

「そういや聞いた?メガネ先輩ってえーこ先輩と小学校いっしょだったんだって。でもえーこ先輩すっかり忘れてたって」

「そうなの…誰が言ってたの?」

「そりゃえーこ先輩が自分で。反省しなきゃーっつってた」

「うわあん!知らねーって!言わなくていいし知らなくていいんだよ!小学生のメガネとか!」

「でもなんか急だよな、こないだから急に雰囲気変わってて」

「そう!!何かが、何かがあったに違いないの…何かって何よ!ああ!わかりたくない!!オゴーッ!!!」

「うわあ、ヤッバ」

いい加減授業に遅刻するな。なんて言い訳しよう。いや普通に幾野さんが気分悪くなったので様子見てましたでいいなこれ。

しかしこのままぼんやり眺めていても仕方がない。嘆きの感情にはけ口があった方がいいんじゃないか?

「あんさ、あたしとしては考えたんだけど」

多少は落ち着いてきたのを見はからい、嗚咽する幾野さんに声をかける。

「えーこ先輩、あれはやっぱやべえよ。本人のためにも誰かが喝をいれてやった方がいいんじゃないかな。誰かが、そう、ほんとうの意味で信頼のおける…」

幾野さんが口元に手をやってハッとした表情をした。

「信頼のおける…後輩…とか?」

「そうそれよ」



その日の部活終わり!

幾野さんは早速えーこ先輩に1on1の勝負を申し込み、そしてコテンパンにされた。

女バスのメンバーを早めに追い出してお膳立てをしていた私も、途中から参加を強要されたのだが、先輩はおろか幾野さんにもはるかに及ばないので、2対1でもボロカスに負けたのだった。

幾野さんとあたしはボールをかたしてモップ掛けをしていたが、その途中で幾野さんが座りこみゴテンと横になったので、私も一緒になってひっくり返って体育館の天井を見上げた。

「悔しい………!」

「勝ててるとこいっこもなかったな…。デカい速いうまい、手が長い。

 身長はしょうがないにしても、幾野さんもすごくうまいから1on1ならワンチャンいけると思ったんだけど」

「普通にめっちゃうまいよ先輩。最初から体格差でごり押しされたらもっとやられてたし」

「2対1になるまでパワープレーしてこなかったもんね。というか何あれ、ビクともしないんですけど。体育館の壁かと思った。カットもすごい圧だし」

「ボール落ちると絶対取られるしね」

「飢えた狼かよって思った」

「……」

「どした?」

「本当ムカつく…。こんなかわいい後輩がさ、先輩1on1してくださいって、そんな青春っぽいイベント人生にそう何回もないよ?そのうちの1回を先輩の為に私が使っあげてるのにあんなこてんぱんにしなくても良くない?」

「うんでも、うちらもうちょっと態度悪い感じだったけどな?果し合いみたいな」

「決めた、卒業までに絶対へこませてやるんだ」

「そうか」

「私、女バスのエースになる!それで先輩を見かえしてやる!」

「えっ!?そうなんの?」

「だから、枇々木さんも付き合ってよね!朝ももっと早く来て!さっきもダメダメだったでしょ、何時もカッコつけてるくせに!」

「ええ…うん…わかったけど」

ちょっとどうも結局めんどうな方に転がってしまった感じがするな。

けれど、渋い顔の私をわかってるのかわかってないのか、幾野さんはスッキリした顔で笑い、続けるのだった。

「あと今日からビッキーって呼んでいい?私のことはいくのんでいいから!

 それじゃ、いい加減戸締りして帰りましょ!先生に怒られちゃう」




(降ってきたな)

今日は一日ぐずついた天気だったけれど、とうとう降り出した。タイミング悪いことこの上ない。

自転車で家に帰るまで持ってくれないかと思ったが、甘すぎたようだ。

家までまだ40分はある。荷物は防水のカバンに入っているとはいえ、帰る頃には私は濡れぞうきんみたいになっているだろう。

「気軽に言ってくれるよなー、もっと早く来いとか」

夜道に誰もいないのを見て、私は声に出して文句を言った。

そもそも登下校に時間がかかるのだ。

家からもっと近いところにも高校があり、中学の友達も半分くらいがそこに進む。けれど、昨年校内見学に行ったとき、見かけたその高校の生徒の制服の着崩し方が急に無理になってしまった。

それまで自分にそんな拘りがあるなんて知らなかったので自分でもびっくりしたけれど、無理なものは無理であり、他に公立でかつ自転車で行ける距離にある高校をさがしたのだけど、けっこう偏差値が高く、だから中学のツレにガリじゃんとか言われても無視してめちゃくちゃ受験勉強して、いまの高校に入ったのだった。

なんとか自転車で登下校できる範囲ではあるけれど、それでもけっこう距離はあり、雨の日は難儀するし、今日みたいに天気を読み違えると最悪だ。

家までの帰り道は憶えているけれど、夜道はもう真っ暗。自転車のライトも道を照らしてるんだか照らしてないんだか。雨はますます強くなってくる。不機嫌そうな自家用車やトラックがすぐ側をゴウと通り過ぎる。うおー!うあー!なんだってこんな苦労してるのかなあ!!

そんな疑問が脳裏をかすめた時、同時に浮かんでくる顔があった。

((私のことはいくのんでいいから))

私はうすく笑った。

「ははは、アイツなー」

((く・き・きぃ~!))

次々に幾野さん、もとい、いくのんの醜態が思い出されてくる。

「変な女だよな」

((私、女バスのエースになる!それで先輩を見かえしてやる!))

「ははははは!」

私は雨の夜空に大声で笑った。

真面目だよな、あいつ!

色ボケ先輩にこてんぱんにされて、あたしなら嫌がらせしちゃうね。

急反転したテンションのままに自転車を走らせながら、私は未来への距離を思った。

いくのん、過去のことはいざ知らず、高校の女バスでの時間は先輩よりあたしとの方が長くなるんだぜ。

そして私は、いつか、今日なんかよりずっと青春ぽい1on1を、あいつとしてやるんだ、と思ったのだった。

……まずは早寝早起きからだな?あーめんどくさい!


(おわり)

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