第EX話 時計の針の動く前
Episode. Lena
ウルシラ地方・セブレイ森林共和国に属する街道沿いの小さな旅籠町。
そのはずれにある洞穴を利用してつくられた小さなおうちに、ひっそりと棲む大家族の一員としてレナは生まれた。
おとうとおかあ、おにいとおねえがひとりずつ。3人の弟たちと、4人の妹たち。
足を悪くしたおかあの分まで、おとうが大きな街へ働きに。おにいとおねえはひとり立ちしておうちを出た。
3番目のおねえちゃんであるレナは、小さな弟妹たちの面倒を見るのがお仕事だった。
決して多くない仕送り金でやりくりするのは制約が多かったけど、上の弟妹がよく手伝ってくれたから大変なことはなにもなかったし、大人数でのにぎやかな生活はすごく楽しかった。
それでも願ってしまったんだ。成長期の子供たちにお腹いっぱいご飯を食べさせてあげたいと。雨漏りや隙間風のない暖かなおうちで安心して寝られる毎日を。
そんなとき、旅籠に宿泊していた桜色の綺麗なヒトに聞かせてもらった冒険者の話が、レナの世界を変えたんだ。
遺跡の調査に洞窟探検、恐ろしいモンスターの討伐。そしてそのどれもに報酬が発生すること。冒険にはたくさんの夢があるよと、そのヒトは教えてくれた。
たぶん、そのキラキラした冒険の世界に一瞬で魅せられてしまったんだと思う。次の瞬間には大きな声を出してた。レナも冒険者になる!ってね。
それが当然だと語るように、満足そうな微笑みを浮かべた不思議な青年――レナのししょーになるヒトと共に、剣を取り、冒険者への一歩を踏み出した。
レナががんばれば、家族みんなを幸せにしてあげられる。……なんて、家族のためって気負いすぎない!お金もそうだけど、キラキラした冒険に憧れた気持ちは本物だもん!
さあ、これからレナだけのキラキラの冒険、始めようっ!
〜*〜*〜*〜
Episode. Sera
私たちタビット族は、”探しもの”のために旅に出ます。神紀文明語を読み解いて声なき神々を探すお父さんと、魔法文明時代に作られた遺産を研究するお母さんが、子供の頃の私にそう教えてくれました。
だから、大きくなったら一緒に”探しもの”をしようと、幼馴染のケビンとよく話したものです。2人が手を重ねた高さと同じくらい分厚い本を広げて、『300年前に失われた文明を紐解こう』と。本当は絵本ばかり読んでいてその魔動機文明語で書かれた本を読むことはできなかったけれど、本の話をするケビンはまるで宝石を見つけた妖精のようにはしゃいでいて、私は旅立ちの日を楽しみにしながら、彼の大好きな文字を調べていました。
でも、一緒に旅に出ることはありませんでした。「付き合ってほしい」と言われて、待ち望んだ日の到来を喜んだのに、それは旅のことではなくてよく分からない『恋』のことだったからです。
「それは旅よりも大切なことなの?」
「大切なことだよ。……分からないならいいんだ。旅は1人で行ってきなよ」
「そんな……だったら、その”探しもの”を見つけてくるよ。見つけたら、一緒に旅をしてね」
「み、見つけた後もそう思ってくれるなら」
年に一度、この街で会うことを約束して。私は妖精と共に『恋』を探す冒険者となりました。個人差の大きい『恋』。花の妖精の示した方角に大きな手がかりがあると信じて、小さな一歩を踏み出します。まだ見ぬ遺跡や出会った仲間たちとの冒険譚を、再会したケビンに伝えるために。
いつか”探しもの”が終わったら、ケビンと一緒に旅がしたい。知らない魔動機文明の話をもっと聞きたい。ケビンは優しいから、みんなもきっと受け入れてくれる。それが私の『恋』だと気づくのは、まだまだ先のお話です。
〜*〜*〜*〜
Episode.Zack
ギルバート・シックザールは特に挫折のない人生だった。
まあ、つまり俺のことだけど。
少なくとも、あの日までは。
「"ギルバート・シックザール。先の災害への救援部隊員に任命する"……か。それで? ギルはお休み返上で救援拠点に出立?」
通達書類を指で挟んでこちらに差し向けてくるのは、エユトルゴ騎兵国に逗留する高名な賢者と呼ばれる我が親友。
キルシュ・ブリューテは薄紅い髪に絡む甘い香りのする儚い花を揺らし、俺のベッドに転がりだらけていた。
「任務だからな。各地で起こっている天災は奈落の壁と同じく看過できない、ということだろう」
「真面目でつまらない男だねぇ」
「なんとでも言え。俺がいない間に部屋に入り込んで散らかすなよ」
俺の言葉が届いているやらいないやら、彼はうぅんと唸るだけ。その落ちた花弁を誰が掃除すると思っているんだ。
「あー、うん。そうか、そうだなぁ。やっぱりキミが居なくなるのは寂しいけれど……」
ぶつぶつと何事かを呟いたキルシュはすっくと立ち上がり、荷物をまとめている俺の方にやってくる。表情だけは神妙に。
「なんだ? お前みたいな根なし草でもそんな気持ちになるのか」
「そうだね。次にいつ会えるかを考えると、気が遠くなりそう」
俺の何倍も生きるような種族が何を。
そう言おうとした言葉は、ごぼりと泡の弾けるような音で掻き消える。
胸が熱い。
鼻の奥から鉄の香りがする。
視線を下げると繊細な彫り物で飾られたナイフの柄が、俺の身体に突き刺さっていた。
「な、ん、……」
混乱した言葉は血潮に押し流されて音にならず溢れていく。
刺された。
なぜ?
キルシュに?
おれが?
「ごめんね」
ごめん?
「おやすみ、ギルバート」
なん で 。
三百年の仮死状態からの眠りを破ったのは、まだ幼いエリサだった。両親を亡くした彼女は現代語も覚束ない俺を屋敷に連れ帰り、多数の図書を与え世話を焼こうとした。
記憶の混濁。萎えた身体。馴れない文化。学び直さねば使えぬ言語。欠けた歴史を埋めていく度、混乱する。
なぜ。なぜ俺はここにいる?
現代ではエリサの後見人となり突如として姿を消した親友、キルシュ。彼はエリサに俺を起こすよう指示したらしい。訪れた遺跡に共に安置されていたナイフはあの時俺を貫いたものだ。
現代語を覚えた俺は、偽名を使うことにした。キルシュの真意が読めないうちは、俺が俺である痕跡は残さないほうがよい気がしたから。『冒険王ザック』とかいう大衆小説のタイトルを拝借して。
エリサは王になるという。
キルシュが何を彼女と話していたのかは知らないが。
俺はその『助け』になるらしい。
「ザックは師匠を恨んでいないの?」
「あれは意味のないことは言うが、意味のないことはしないんですよ。お嬢」
だから、意味を問いたださなくてはならない。
ギルバート・シックザールの特に挫折のない人生は終わりを告げた。
名前を捨て、長く伸ばした髪を切り。
堅物だった騎兵隊の騎士は冒険者となり、王になるという娘に付き従う。
今は、ザックとして。
この波乱に満ちた世界を生きている。
〜*〜*〜*〜
Episode. Elisa
エリサ・アイレギーエムは、特に不自由がない生活を送っていたはずだった。
少なくとも、両親が奈落へ落ちるまではだけど。
私は今でこそ駆け出しの冒険者だけど、これでも"ご令嬢"という身分。
他と比べることなんてそれこそバカバカしいと思ったからなかったけど、少なくとも世間から見て資産家、という枠には間違いなくはいってたと思う。だってどこかとは無粋だから言わないけど、街一帯の地主だった時代もあったってじいやが言うくらいなんだから。
顔を隠しがちで無口だけど強くて憧れだった父、身内から見ても美人でおおらかな一族の当主だった母。それと……こうやって語る今でも正体がはっきりとわからない師匠。
それとじいやを始めとした使用人が数十人が集まる家に、私はのびのびと育っていた。
それこそ、今思えば無神経極まりないと思うことまで口に出し、師匠には教えを請うていた、と記憶してる。
「どうしてお父様はいつも殺されかけてるの?」
「キミのお父さんは、人から見ればとんでもない罪人で、誇り高き英雄なのさ!」
「それは、人が馬鹿なの?それともお父様が本当に悪くて、人は正しいことを言ってるの?」
「人は聖人のような存在ではなく、しかし蛮族も罪人と断定されるべき存在でもないよ」
「ならばその人がどんな存在だと誰が決めるの?」
「……王とかじゃないかな!うん、これはいいことを言った気がするぞお!」
ああ、今思い出しても意味不明で、要領を得なくてなんだか無性に殴りたくなるわね。多分アレはわざとわかりづらく言ってたんだわ、私がわからないことがあると飛び出したくなる性格をわかっていて。
うん、あのときもそうだったはず。両親が行方不明……いや、遺体が確認できないだけで確実に死んでいるんだろうとギルドから調査報告を伝えられて少し経った頃。急に変な鍵を持たされて不審がる私に、いつもの軽い調子で告げた。
「いやあ知り合いがあそこで眠っててね!そこまで行くのに結構時間がかかるが間違いなく『助け』になるはずさ!」
そうして、私はただ師匠の『助け』という言葉だけに飛びついて、それから──。
「…ょう!お嬢!」
「……ん、寝てしまった?」
「そりゃあぐっすりと」
やれやれと誰かのように軽い調子で告げる彼は、あの日手がかりと言われて言った先に眠っていた青年だ。
鍵を私に託した日を境についに師匠も、風のように私の前から去っていった。今も家で帰りを待ってくれてるじいやを除けば家族は、私を抱えて馬で坂を降っていくこのザックだけ。
「疲れるでしょう、早く目的地へと急ぎましょう」
「はいはい、これでもゆっくりはしてないんですけどね~」
軽口にむっとしつつ、それでもまだそばにいてくれる人がいると内心ホッとしてまた目を閉じる。
──その日私の、順風満帆な人生は終わった。
大好きな両親はいなくなり、一応尊敬はしていた師匠は消え。
告げた言葉は思い出にしまい、少女は今みちを歩き出す。
「やっぱり暑いわ……脱いでいいわよね?」
「いやそろそろつくからそのままで!」
……にしてもなんでザックはこんなに服のことになると慌てるのかしら?
〜*〜*〜*〜
レナ・オッドフォード 〜Lena Oddford〜【レプラカーン/16/女】
軽戦士【フェンサー2/スカウト2】
戦闘特技【挑発攻撃Ⅰ】
器用【22】 敏捷【19+1】 筋力【15】
生命【13】 知力【12】 精神【12】
生命抵抗【4】 精神抵抗【4】 HP【19】 MP【12】
武器【レイピア/ナイフ(投擲用)】 防具【ソフトレザー/バックラー】
母親が作ってくれた大事なぬいぐるみ(猫)のミナモちゃんを肌身はなさず持ち歩いている。幼少期からの大切なともだち。
セラ・ランカ 〜Sera Ranka〜【タビット/10/女】
妖精使い【フェアリーテイマー2/レンジャー1/セージ1】
戦闘特技【ターゲッティング】
器用【11】 敏捷【9】 筋力【7】
生命【15】 知力【21】 精神【18】
生命抵抗【4】 精神抵抗【5】 HP【21】 MP【24】
武器【かわいいおてて(素手)】 防具【ソフトレザー】
装着した宝石【炎/水・氷/土/光】
とっておきの保存食は、栄養たっぷり干し人参。
ザック(ギルバート・シックザール) 〜Zack/Gilbert Schicksal〜【ティエンス/24/男】
神官【プリースト(グレンダール)2/スカウト1/ライダー1】
戦闘特技【魔法拡大/数】 騎芸【騎獣強化】
器用【18】 敏捷【16】 筋力【15】
生命【21】 知力【17+1】 精神【17】
生命抵抗【5】 精神抵抗【4】 HP【27】 MP【23】
武器【ソード/ナイフ】 防具【スプリントアーマー】【ラウンドシールド】
くすんだ金髪、ブルーサファイアの瞳。甘い顔立ちに193センチ90キロの立派な体格。
三百年前<大破局>前はエユトルゴ騎兵国で騎士をしていた青年。
親友であるキルシュ・ブリューテによって胸を刺され、仮死状態のまま遺跡に安置されていた。
エリサによって目覚めさせられた後は彼女の従者として偽名・ザックを名乗り、冒険者となる。
エリサ・アイレギーエム 〜Elisa Eiregioem〜【人間/15/女】
戦士【ファイター2/スカウト1/エンハンサー1】
戦闘特技【全力攻撃Ⅰ】
器用【18】 敏捷【17+1】 筋力【19】
生命【11】 知力【15】 精神【16】
生命抵抗【3】 精神抵抗【4】 HP【17】 MP【16】
武器【ソード/バスタードソード(両手剣)】 防具【ハードレザー】
〜*〜*〜*〜
キルシュ・ブリューテ 〜Kirche Brute〜【メリア/???歳/男?】
ザックの親友。エリサ、レナの師匠。花の妖怪……ではなく、高名な賢者。
すでに数百年を生きているとされているが、年齢不詳。見た目は極上。桜の花が咲いている。
”意味のないことは言うが、意味のないことはしない”とザックは信頼しているが……。
現在でもラクシアのあちこちを旅しており、何らかの思惑があるようだ。
ソード・ワールド2.5リプレイ「タイムカプセル案内人」 舷哩 @Xuenli_Tao
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