第5話 説明

「尊厳死…って、なんですかね?」 


「……それでは、再度ご説明します。こちらの資料をご覧ください。」 


殆ど映像の内容が頭に入っていない割山の様子を受けて、若干苛立ちをみせたような 

弐式であったが、その表情は崩れることはない。 

弐式は錦条から手渡された紙の資料を、割山の前の机の上に置く。 

 

「尊厳死とは、この法律、総国民尊厳保全法において定義がなされており、薬物の 

服用、及び特殊なガスの吸引といった方法で、対象者に苦痛を与えることなく、その生命活動を停止させることであるとされています。」 


「…はぁ」 

なんだか おっかない話だ。死んだらおしまいではないか。 


「そして、この方法を選択した対象者は、相続といった場面で、税制上の優遇を 

受けることが可能です。」 


「…はぇえ、綺麗なる一族、みたいな感じですかね?あれ、猫上家でしたっけ」  

 

「…」 

 

割山も、対抗しているのかは知らないが、自分のペースを乱すことはない。 

 

「…なんでそんなことするんですかね? 生きたくないんですか?」 

 

割山はまたしても自分が話をまったく聞いていないと白状するような質問を 

弐式にぶつける。 

弐式の表情はそれでも変わらない。 


「…やはり、期待以上の素質ですね。割山さん。」 


「いやぁ、褒められるのは悪い気はしないんですが、一体、何の素質なんですか

あ、もしかして、顔とかですか?」 

この男、ますます脱線しつつある。 


「割山さんの素質というのは、他者への共感能力です。」 


「共感ですか?」 


「そうです。この職務を行う上で、個人の感情、思想が判断に影響を及ぼすことは 

避けなければいけません。さらに、担当職員の精神状態が悪化することも 

同様に、防止すべき事態です。割山さんは、その2点において、高い適性が 

認められたのです。」 


「はは、なんか照れますね。」  

美女に褒められて悪い気はしない。このまま一発ヤらせてくれないだろうか。


間接的に、神経がズ太い愚か者と言われているのだが、割山は得意気になった。 

なんとかにつける薬はないという言葉は、正しいのかもしれない。 


「…で、私は何をすれば良いんでしたっけ?」 


「…では次に、より具体的な職務の説明に入ります。資料の次頁へお進み 

ください。」  


なんだか難しい文字が並ぶ。 

一応、図とグラフもあるが、余計わかりにくくなっている気がする。 

こういう資料を読むとき、自分の頭の質を自覚せざるを得ない。 


「その資料にありますように、尊厳死の可否は、対象者の年齢、健康状態といった 

要因で、判断の基準が異なります。」 


「…」 


「一般的に、より若年で、より健康な対象者であるほど、慎重な判断が 

要求されます。」 


「なるほど ウェルテルの悩みってやつですね。わかります。」 

 

明らかに、わかってはいないだろう。

 

「その資料にありますように、尊厳死の可否は、医師、臨床心理士、 

ケアマネージャーといった専門家の意見書、診断書を踏まえて、 

私たちが最終的な判断をすることになるのです。」 


「え? 自分が決めちゃっていいんですか。」 


「先ほど申し上げました通り、高齢者、疾病罹患者などは、こちらの判断は 

要求されず、本人と専門家などの意向で、尊厳死が認められていきます。 

私たちが面談していくのは、その2者に該当しない方々です。」 


「…」 


「しかしながら、私たちが行う面談及び審査も、形式的なものでして 

月並みな言葉ですが、役所仕事の一環です。何より、本人の意向あってこその 

ものですから。」  


「…なるほど…」 


なんだか思っていたよりヘビーなことをやらされるみたいだ。 

面談は、今まで専ら質問されてきたのみで、自分が面談をする立場に 

なったことはない。 

まあ、知らない間に、この国も、末恐ろしくなったものだ。 

 







呑気な割山は、ただ淡々と説明を続ける弐式の本性を、まだ知らなかった。

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すまじきみやづかえ @giroppon

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