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話を終えた部屋の中は、シンと静まり返っていた。

彼女は、相変わらず、まるでこの部屋には彼女しかいないかのように、ずっと窓の外を眺めている。

「・・・・え・・・・って、彼は、その後、どうなったの、かな~?」

男の1人が、幾分おどけたような口調でそう言った。

でも、カップを持つ手が、微かながら震えているのが見てとれる。

他の4人は、僕の答えに全神経を集中させていている、といったところか。

「いますよ、ここに。」

5人の表情が、固まる。

「みなさんの目の前に。」

「ま、またぁ、脅かすなよ、もぅ・・・・」

ハハハ、と乾いた笑い声を上げ、男の1人が立ち上がった。

女性2人は、恐怖で動くこともできないようだった。

「あははっ、すみません。でも、肝試しの代わり、にはなりましたよね?」

女性2人に、僕は笑顔を向けた。

と、一瞬にして彼らの緊張は緩んだようだった。

「・・・・ビックリしたわ、肝試しより怖かったかも。」

泣き笑いのような顔で、女性の1人はそう言った。

「それは、良かったです。だって、肝試しにいらしたんですもんね、ほんとは。」

言いながら、ゆっくりと立ち上がる。

それを合図のように、バラバラと彼らも立ち上がった。

「すっかり長居しちゃって、ごめんね。」

「いえ、こちらこそお引止めしまして。」

そんな挨拶を部屋の出入り口で交わし、僕は階下へと続く階段へ、彼らを誘った。

「じゃ、またな!」

階段を降りた男の1人が、振り返って僕に手を上げる。

すかさず、僕は言った。

「あ、気をつけてくださいね。ちょうどその辺りですから、床板が抜けたのは。」

「え?」

怪訝そうな顔の男に、僕は更に付け加える。

「さっき、お話したじゃないですか。僕が落ちたの、そこら辺なんですよ。近くに、穴が空いているでしょう?中を覗けば、きっと僕の体が今もまだあるはずです。もっとも、もういい加減白骨化していると思いますけど、ね。」

5人の動きが、止まった。

動きを止めた、というよりは、動けなくなってしまった、と言う方が正しいのだろう。

「それから、彼女・・・・僕みたいなのじゃなくて、生きている人をからかって遊ぶのが大好きなんです。僕としては、みなさんにずっと居ていただいても構わないんですけど、でもここに居るとまた、彼女に遊ばれてしまいますよ?もちろん、みなさんが僕の話し相手としてずっとここに居てくださるというのなら、僕もそれなりの協力はさせていただきますけれども、ね。」

階段を降りきったのは、男2人女1人。

階段の途中で止まってしまっているのは、男1人女1人。

「たとえば」

僕はその後ろから、ゆっくりと階段を下り始めた。

「ここからこうやって」

一歩。

「あなたたちを」

また一歩。

「突き落とすとか。」

「キャアアアアアアアアッ!」

「うぁぁぁぁぁぁっ!」

大声と同時に、5人一斉に、出口に向かって走り出す。

みっともない程に、取り乱してうろたえて。

「どうかお気をつけて。」

彼らの背中にこう声をかけ、扉が閉まると同時に、僕は久々に大声を上げて笑った。

いや、楽しい。

実に楽しい!


笑いも収まらないまま部屋に戻ると、彼女はまだ窓の外を眺めている。

「もう、あの人たち帰ったからね。」

当然のことながら、彼女の返事は無い。

本当は、この愉快な気分を彼女と共有したいんだ。

でも、彼女は僕を認識していない。

人は幽霊になると、見たいものしか見なくなるらしい。

僕の興味の対象は、彼女と、彼女が興味をもっている人。

だから、僕には、彼女も認識できるし、さっきのような人達も認識できる。

だが、彼女の興味の対象は、生きている人。

だから、彼女は僕を認識してはくれない。

僕だけでなく、たぶん他にもここにいるだろう、僕のような存在の者も全て、認識してはいない。

無視している訳ではないんだ。

彼女の中では、存在すらしていないのだ。

小さな頃から好きだった彼女と、今僕はこうして一緒に居られるのだけれども、これはこれで相当淋しい。

淋しいけれど、仕方がない。

本来僕は、そして彼女も、この世に存在してはいけないのだから。

でも、彼女がここに存在する限り、僕もここに存在してしまうのだと思う。

このまま、ずっと。


これからしばらくは、避暑のシーズン。

また、彼らのような人達がきっと、やってくるのだろう。

彼女が僕以外の人たちの姿に目を輝かせて喜ぶ姿は、多少の嫉妬を僕の中に掻き立てる。

でも、どうやったって満たされないこの淋しさを紛らわせるには、丁度いい。

もし暇を持て余していて、彼女や僕に興味があるのなら、ここへいらしてみてはいかがですか?

・・・・肝試しには、もってこいだと思いますよ・・・・

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館にて 平 遊 @taira_yuu

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