ある少年のお話
これからお話する事は、実際にあった、ある少年のお話です。
彼は毎年、夏になるとこの別荘地へ、家族と避暑に来ていました。
小さな頃からずっと来ていたから、もうこの辺の事はすっかり分かっていたつもりでしたが、彼にもひとつだけ、どうしてもわからない事がありました。
ある別荘の窓から時折見える、女の子のことです。
誰に聞いても、その女の子の事を知っている人はいませんでした。
存在すら、誰も知りませんでした。。
夢でも見たんじゃないか、なんて言われたり、しまいには、幽霊なんじゃないか、とまで言われたのです。
当時、彼はまだ子供でしたから、大人達にそんなことを言われ、反発心も手伝って、好奇心ばかりが膨らみました。
いつか絶対、あの女の子の事をみんなに認めさせてやるんだ!
そんな気持ちでした。
でも、年月が過ぎて、彼もそれなりの年頃になると、好奇心は淡い恋心へと変わっていきました。
毎年夏に数日間、遠くから姿を眺めることしかできない少女に、彼は恋をしたのです。
彼が高校2年の夏。
転機が訪れました。
彼の、両親の離婚問題が持ち上がったのです。
家族での避暑は、今年が最後。
はっきりとは告げられませんでしたが、薄々感づいていました。
さらに、翌年には大学受験を控えている。
仮に、両親の離婚が無かったとしても、とても、夏に避暑なんていう余裕は無かったのです。
彼は、なんとしても彼女に会おうと心に決めていました。
そして、彼女の姿が見える館まで、1人で向かいました。
時刻は、日も暮れかけてきた夕方。
ちょうど、空の色が綺麗なオレンジ色に染まる頃。
その別荘は、遠くから見るより近くで見た方が古びて見えましたが、彼は気にも留めずに、まずは別荘の脇に回って、窓辺に少女の姿を探しました。
少女は、窓辺にたたずみ、遠くの景色を眺めているようでした。
少女のいる別荘に、こんなに近づいたことは今まで無く、その時彼は初めて、少女の顔を見たのでした。
かわいいな。
彼はそう思いました。
そして、そう思った瞬間に、彼女が彼を見たのです。
目が合うと、少女はニッコリと笑い、そのまま窓辺から姿を消しました。
彼には、まるで彼女が『中においで』と誘っているように思えました。
別荘の中は思った以上に薄暗く、彼は目が慣れるまで暫く入口ホールで立ったまま、あたりをぼんやりと見渡していました。
何か、違和感があるのです。
確かに、彼が毎年訪れている別荘とは、比べ物にならないくらい、大きくて広い。
ただ、それだけではない【何か】が、強烈な違和感を彼に与えていました。
何が違うんだろう?
そう考え始めた時。
視界に動くものを捉えました。
彼女です。
もちろん、考えるのは後回しにして、彼は彼女の姿を追いかけました。
「待って!」
一瞬だけ、彼女は振り返って笑いました。
でも、彼を待つどころか、追いかけて来いと言わんばかりに、サッと姿を消してしまいます。
彼は夢中で彼女を追いかけました。
でも、彼女はなかなかにすばしっこくて、彼は全く追いつくことができません。
とうとう、息が上がって足がもつれ始めてきた頃。
不意に、彼女が彼の正面に姿を現しました。
真正面に見る彼女は、更に可愛らしくて、引き寄せられるようにして彼は彼女にゆっくりと近づいて行きました。
一歩。
また一歩。
近づく度に、彼の胸は高鳴りました。
ずっと恋していた彼女が、すぐ目の前にいるのですから。
そして、ついにあと一歩、というところまで来た時。
彼はふと、ある事に気づきました。
彼が初めて彼女の姿を見たのは、小学生に上がるか上がらないかくらいの時。
それから数えて、10年は経っている。
いくら遠くから眺めていたからと言っても、今目の前にいる彼女の姿は、あの頃と全く・・・・
上げかけた足を元に戻し、彼は改めてあたりを見渡してみました。
この別荘に入った時の、あの違和感。
そう、あの違和感の正体は。
人の気配が全く無いんだ!
そう思ったのが先か。
足元が崩れたのが先か。
今となっては、もう分かりません。
その後も、その別荘では、窓際に立つ少女の姿が、時折見られるそうですよ。
そこに、彼も一緒にいることは、誰も知らないようですけどね。
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