館にて
平 遊
来客
“ふふふっ”
僕の視線の先で、窓の外を眺めていた彼女が、楽しそうな笑い声を上げた。
「誰か、来たんだね?」
彼女は、窓の外を見たまま、答えない。
しばらくすると、彼女は窓際を離れ、階下へと姿を消した。
(やれやれ・・・・)
ため息を吐きながら、僕は椅子の背もたれに体を預けた。
彼女があんなに嬉しそうな表情を見せる日は、たいていお客さんが来る日と決まっている。
ここずっと、静かな日が続いていたこともあって、心穏やかに過ごせていたのだが。
(今日はにぎやかな夜になりそうだ。)
煩わしさ半分。待ち遠しさ半分。
僕はそっと目を閉じ、耳を澄ませた。
彼女が部屋を出てからほどなく、階下から物音と複数人の声が聞こえてきた。
むろん、そんな事はとっくに予想がついていた。いつもの事だ。
そして、いつもの事ながら、僕の口元はつい、緩んでしまう。
何しろ、久しぶりの来客だ。
今宵は、どんなお客さんが来てくれたのだろうか?
『・・・・見間違いじゃねぇの?』
『そんなことないよ!絶対さっき見えたもん、女の子!』
『あっ!ほら、今また見えた!』
息を呑む音。小さな悲鳴。
(あぁ、また彼女の遊びが始まった。)
小柄な体で飛び回っている彼女の姿が、目に浮かぶようだった。
彼女もまた、久しぶりの来客に、興奮を抑えきれないでいるのだろう。
階下では、右往左往している足音や小さな悲鳴が断続的に響いていたが、だいぶ静かになったと思った頃、遊びに飽きた彼女が部屋へ戻ってきた。
「相変わらず、飽きっぽいね。」
無言のまま、彼女は僕の前を素通りし、彼女の定位置-お気に入りの窓際にもたれかかるようにして外を眺める。
「じゃ、後は僕に任せてもらうよ?」
やはり返事は無かったが、僕はそのまま部屋を出て、ゆっくりと階下へ続く階段を降りた。
「き・・・・きやぁぁぁぁぁぁつ!」
「でた・・・でたっ・・・・で、でで・・・・」
降りるなり、僕は階下にいた人たちと出くわしてしまった。
おそらく、腰が抜けてしまったのだろう、女性の1人はその場に崩れてしまい、他の4人も、すっかり腰が引けていて、立っているのがやっとの状態に見えた。
「すみません、驚かせてしまったようですね。大丈夫ですか?」
「・・・・え?」
声をかけると、座り込んでしまっていた女性は、呆けたような表情で僕を見た。
涙で、せっかくのお化粧も、グシャグシャだ。
男性3人。女性2人。
たぶん、僕の年よりは上なのだろうと思う。
その、彼らの10の瞳は全て、僕の足元へと注がれていた。
そのことに気づき、僕は思わず苦笑した。
まぁ、仕方が無いだろう。
いわゆる、【幽霊】には足が無い、というのが定説なのだから。
手を差し出して女性を助け起こすと、彼女はまだ呆けた顔で僕を-僕の足元を見ている。
「しかし、みなさんお揃いで、何か御用ですか?僕の知り合い、では無さそうですし。あ、彼女のお友達ですか?」
穏やかに、笑いながら話しかける。
彼女に友達なんていない事は、僕が一番よくわかっているし、彼らの目的が何なのかも、僕は知っている。
これは、これから始まる僕の悪戯の、ほんの序章に過ぎない。
そしてこの僕の悪戯は、ひいては彼らの目的をも達成させるはずだ。
・・・・少々、達成させ過ぎてしまうかもしれないけれど。
「いえ・・・・あの、違うんです。」
やっと落ち着きを取り戻した男の1人が、気まずそうな表情を見せる。
「すみません。てっきりここ、空き家かと思っていて・・・・」
「空き家?・・・・なるほど、そうでしたか。」
ちょっと、困惑したような表情を取り繕うのも、もうお手の物。
「なにぶん、彼女と僕だけですからね、この場所には。そう、見えてしまうのでしょうね。」
「どうも、すみません!お騒がせしました!!」
5人、一斉に僕に頭を下げる。
そして、そそくさと帰ろうとする。
だが、ここで帰ってしまうと、彼らの目的も・・・・僕の悪戯だって、達成できなくなってしまう。
「あ、ちょっと待ってください。」
彼らを引きとめ、僕は上目遣いに彼らを見た。
「もし、良かったら・・・・お茶でも飲んで行きませんか?」
「・・・・え?」
怪訝そうな、彼らの表情。
よし、もう一押し。
「さっきもちょっと言いましたが、ここには彼女と僕だけなんです、今のところ。彼女もだいぶ退屈してしまっているようで・・・・あなたたちも、彼女にだいぶ驚かされたのではないですか?もともと、悪戯好きな子なもので。そのお詫びも兼ねて、お茶でもって思ったんですけど。もちろん、僕もみなさんとお話したいですし。・・・・ダメ、ですか?」
あまり強引ではなく。少し控えめなくらいの誘い方。
ここまで言われて断る人は、そういないはず。
「じゃあ・・・少しだけ。」
思った通り、女性の1人が頷いてくれた。
「私たちも、勝手にお邪魔しちゃったし、ね。」
「いえいえ、これも何かのご縁、ということで。」
満面の笑みで、僕は彼らを2階へと誘った。
「では、こちらへどうぞ。すぐにお茶をご用意しますね!」
部屋に戻ると、彼女はまだ窓の外を眺めていた。
「あの・・・・お邪魔します。」
口々にそう言って、彼らは部屋へ入った。
だが、言われた方の彼女は、全く反応ナシ。
もう、彼らに対する興味はすっかり失せてしまったようだ。
「すいません、彼女ちょっと人見知りの所がありまして。」
そんな言い訳も、もう慣れたものだ。
彼らの分と、僕の分のお茶だけ用意して、僕は彼らの輪の中に入った。
彼らは大学生で、サークルの合宿でこの近くに来ているという。
やはり、僕よりは年上だ。
「ところで、さっきからちょっと気になっていたんですけど・・・・聞いてもいいですか?」
暫くの雑談の後、僕は話を切りだした。
別に、彼らと雑談をする為に、引き留めた訳ではない。
本題に、入らなくては。
「ん、いいよ!この際だから、何でも聞いちゃって。」
すっかりうち解けた雰囲気の彼らは、気前よく僕の言葉に耳を傾けてくれる。
「ここが空き家に見えるのは仕方がないとして、空き家に何かご用でもあったんですか?」
「・・・っと、それは・・・・」
5人、顔を見合わせる。
「実は、ね・・・」
言いにくそうに、男の1人が口を開いた。
「オレたち、『肝試し』をしてたんだ。」
「肝試し、ですか?」
予想通りの答えだったが、ここは驚いた振りをしておく方がいいだろう。
「そうそう。近所の人に聞いたら、ここは空き家だって言われて・・・・しかも、『出るんだよ』って。失礼よね、あなたも彼女も住んでいるのに。ほんとに、ごめんなさいね。」
「いえ。でも、そうでしたか・・・・すいません、肝試しにならなかったようで。」
そう言って、僕は彼らに頭を下げた。
きっと、思わずもれてしまった笑みには、気づかれなかっただろうと思う。
「とんでもない!無断でお家に入った挙句に、お茶までご馳走になっちゃったんだし。」
5人はみな、一様にそう言って恐縮していたが、僕はさらにこう付け加えた。
「でも・・・そうですね、せっかく肝試しにいらしたのですから、僕が知っているお話でよければお教えしましょうか?」
5人の目が一斉に輝く。
もっとも、その輝きの中には、不安・恐怖とも呼べるものも多少、混じってはいたけれども。
「では、お話しますね・・・あ、その前に、お茶のお代わりを持ってきます。」
急いで立ち上がり、僕は彼らに背を向けた。
こらえ切れない笑いを、見られてしまわないように。
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