あなたは有益な人間です

夏伐

落第者のいない場所

「私、学校でも成績が良くて、肌も綺麗だから高価だねって褒められるのよ」


 この学校で最も優秀で無邪気な少女が言った。

 防音処理が施された部屋で、私は彼女と向き合って規定の質問を問いかける。


 質問はいくつかあったが、基本的に彼女が過度なストレス下に置かれていないか、に焦点が当たっている。


 彼女は大事な商品だ。そしてその商品自ら環境に対して口に出来るとなれば、彼女の意見はかなり貴重なものになる。


「君は明日『卒業』するけれど、怖くはないの?」


「どうして?」


 少女の曇りのない瞳はまっすぐに私を反射する。


「じゃあ……幸せ?」


「そうね。とても幸せ!」


 私はその言葉を書き留めて、彼女に笑顔を返した。


 少女が部屋を去って、今度は最も成績の悪い生徒がやってくる。


 肌が荒れ、前髪は顔の半分を隠している。これでは視力が落ちてしまうだろうが、ストレスを少なくするために生徒の自由意思を尊重している。それほどまでに、彼女は顔を見られたくないのだろうか。


「明日の『卒業』はどう? 楽しみ?」


 私が優しく聞くと、彼女は泣き出した。


「死にたくない……死にたくないよ……っ」


「どうしたの?」


「助けて……、ください……」


 私は笑顔で少女を見つめた。彼女のような生徒がどうしても発生する。


「授業は覚えてる?」


 その言葉に彼女はビクリと体を震わせた。

 彼女は、パクパクと魚のように口を動かす。私は急かさずに少女の話をゆっくりと促した。


「人体拡張素材として、二×八二年に凶悪犯罪者の遺伝子を継ぐ子供はこの学園で育てられます。

『卒業』したら、身体は全て社会に役立てられるためにオークションに掛けられます」


「そうだね」


 成績が悪い、ということが何も頭が悪いというわけではない。

 彼女は『頭が良すぎた』のだ。


 死にたくないから、自分の商品価値を下げるためにテストで廃棄処理寸前の点数を出し、視力を下げる。肌荒れはストレスもあるだろうが、睡眠不足や栄養不足もあるだろう。


 これから起きることを察知して、そのような行動を取る家畜はいくら環境を改善しても出てきてしまう。


「規定されている質問だから答えてくれるかな? 明日の『卒業』をどう思う?」


「……怖い……です」しばらくの沈黙の後、少女は床に頭を付けた。「――何でもします、だから助けてください!!」


 少女の瞳は必死に私に、最後の希望に縋ってくる。


「君自身は悪い事をしてないもんね。そう思うのは仕方ない」私は彼女に部屋を去るようにジェスチャーした。「でもそれは私の仕事じゃないんだ。ああ――でもそうだ」


 少女になるべく優しく見えるように微笑んだ。毎年の事だ。


「君に対して、同情だけはしてあげられるかな」


 彼女は動かない。部屋を去っても時間になれば教師に『卒業式』に連れて行かれるのは分かり切ったことだからだ。


 代わりに私が部屋を立ち去ることにする。


 少女の隣を通り過ぎる時、足を掴まれた。「助けてください」少女は絞り出すようにそう言った。


「私には君を『助ける』ことは出来ないよ。だって君は全てが社会の役に立つ子なんだから!」


 私は彼女の願いを振り払って、廊下に出る。笑顔の子供たちが私に笑顔で挨拶をした。


 ――人体拡張に機械パーツを使う人もいるが、特にこだわりもない中流以上の家庭では『自然』派が多い。


 窓ガラスに映る私にも腕が四つある。


 十五才の時、両親から贈られたアームだ。機械と違い、時間が経過すればするほど体に馴染んでいく。

 初めは違和感があっても、まるで最初から腕が四つあったかのように動かすことができるようになると、これほど便利なものはない。


 体のどこかが動かなくとも、出荷された『自然』なパーツが買えば良い。ほとんどの健康は金で買えるようになった。


 内臓も角膜も、脳も全て何もかもが売り物になる。


 死刑制度が廃止されると、今度は世に出れない凶悪犯罪者にも最低限の生活を与えろ、という団体が現れた。

 一線を越えたものには、時にカリスマ性を持つものがいる。世論に押されるようにして、彼らが過ごすために無人島に施設が移された。


 男女問わず、彼らはそこに集められる。


 世間は自分たちの声に、政府が動いたと思っている。だがそれは、単純にもっと世界を効率化するための一歩でしかなかった。


 彼らは一般社会と同じように働き、恋をし、結婚し、子供が生まれることもある。その子供たちは生まれてすぐに回収され『学園』という名の牧場にやってくる。


 彼らは『培養パーツ』として世界中に輸出される。一大産業になった。


 雑誌では、培養施設があると紹介しているが、なんてことはない。人間のパーツを培養するより、人間をパーツにしてしまう方がコストパフォーマンスが良いのだ。


 今では世界に隠された『牧場』は日本中に存在する。


 もちろん、そこで働いている私たちは子供たちにストレスを与えないように細心の注意を払っている。

 パーツの出来が仕事の成績に反映されるからだ。


 それにしても、と校庭で遊ぶ子供たちを見る。


 ここは本当に楽園のようだ。子供たちは皆、社会の役に立つ。無駄な者など一人もいない。


 ここに落ちこぼれや役立たずは存在しない――誰一人として。

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