看守の憂鬱
焼き鳥
第1話
石造りの暗い階段を私は降りて行く。
行き先は地下。10mは下だろうか。
壁も階段と同じ石造りで、四角く黒っぽい石が嵌め込まれている。
その大雑把な造りのせいか地下水が滲んでいる様で、空気は湿気が酷い。
階段も湿っており、気をつけないと手に持った食べ物ごと転倒しそうになる。
私は収容所の看守だ。
地下のフロアに着いた。
天井や床も階段と同じ石造りだ。その為、申し訳程度に付いている蛍光灯の白けた光は水気に弾かれ、眩しいくせに暗くジメジメしている。
そんな中を、一本の廊下が伸びている。
廊下の両側は鉄格子が嵌められた牢屋になっており、その数は……数えた事が無いのだが、恐らく100は下らないだろう。
廊下を進む。
通り過ぎる牢屋の中、明かりを持たない其処には確かに人が入っている筈で、気配も有るのだが、何故か私はそれらを確認しようとしなかった。
鉄格子にはB5サイズの薄い板が付けられており、4桁の数字が書かれている。
囚人を区別する為のものだ。
囚人? ……そう、彼らは確かに囚われている。
この国では、損をする事は罪なのだ。借金は罪悪なのだ。
そして、その贖いをする事すら禁じられ囚われているのだ、彼らは。
だがそこで疑問が生じる。働けば僅かづつでも返済は可能だろうに、何故彼らを閉じ込める?
そもそも何に対して損をしたというのか?
気が付けば、私は或る牢屋の中を覗き込んでいた。
どうやら目的の場所に着いた様だ。
板を確認する。ああこの数字だ、見覚えがある。
牢屋の中は薄暗く、奥の壁は見えないほどだ。
つまり広いということで、多分6畳ほどはある。奥側にベッド、それに簡素な洋式の便器。
その暗がりの中から一人の男が出てくる。いや、滲み出て来るというのが正しい表現だろう。
そんな生気を一切感じられない、もっさりとした動作。
よく分からない灰色の鉛管服。体格は私と同じくらいの中肉中背。年齢は……私より10は上だろう。
ただ、顔だけははっきりと見えない。
男は食べ物を要求する動作をした。
私は、手に持っていたもの(四角い木のトレイ、その上に真鍮を叩いて作った簡素な食器が有り、それに残飯の様なものが盛られている)を牢屋の中に入れようとする。
しかし鉄格子の間に入らない。トレイが大きすぎるのだ。
それを見た男が、鉄格子の端を指し示す。
そこには、30cm角程度の大きさの穴が、鉄板によって設えてあった。
なるほど、ここで出し入れするのか。
食べ物をトレイごと入れる。受け取った男は、すぐには食事に入らず、お盆をその穴の下に置くと、牢屋の奥へ入って行ってしまった。
まあ、あんな残飯みたいなものでは食欲も起きないかと思っていたところで、男が何か手に持ってやってきた。
それは、便器の下から出した糞尿箱だ。
蓋の端から糞尿が垂れているそれを、私に渡そうとする。
私はそれを受け取ることを躊躇してしまい、それが原因で落下し、中身が食べ物に被ってしまった!
私の所為であるのだが、看守という立場上から、囚人を叱責しようとした。
多分、折角の食事が台無しになって俯いているだろう男を。
しかし意外にも彼はまっすぐにこちらを見ていた。
そこで初めて男の顔を見た。
それは、私だった。
それは今の私から5~10歳ほど加齢している様だったが、確かに私だ。
その私が、声にならない声で訴えている。
ここから出してくれ、と。
あまりの事に目を背ける私。
背けた先、こちらを見ていた隣の牢屋の囚人と目が合う。
彼もまた私だった。
驚いて周囲を見回す私。
周囲の牢屋の囚人は、全て私だった。
4桁の、各々違う数字を当て嵌められた少し老けた私。
恐らくは、この暗く湿った地下の牢屋の住人全員が。
その私たちが、声にならない(いや恐ろしく高周波の金切り声だったかもしれない)声で、私に訴えかけてくるのだ。
薄暗くじめじめした地下で、歳を食って、糞尿まみれになって。
私は、彼らを解放する術を知っている筈なのに。
何故かそれを行わず、ただその場所にじっと立ちつくすだけで――
「以上が、404号室の患者が書いた夢日記です」
「うむ、この人はもう治らんかもしれんな」
「いいえ院長、彼は正常なのでは? 正常であるが故に売買のミスが強迫観念となって」
「この人は単に株を買って塩漬けにしてるだけだが?」
「それは投資家として当然の行為でしょう。それで損するのなら相場の方が狂っていますし、狂った人間でないと儲けられないのなら、相場自体が否定されるべきかと」
「ふうむ……キミは相場の経験が無い様だな」
「? は、はい」
「ならば言っておこう。もし相場から正気である事を強要され続けるとしたら、その方が余程悪夢だぞ」
看守の憂鬱 焼き鳥 @oppaiff16
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