趣味:タバコ
大学時代の友人・城川(しろかわ)からLINEが来た。
今週末、ドライブに付き合って欲しいというのだ。
城川が俺をドライブに誘うときは、女に振られたときだと決まっている。
愚痴を吐くのと気分転換のために海や山へ行くのが目的だ。
今回で4回目の誘いである。
当日、昼ごろにS駅前で城川を待った。
城川は「わ」ナンバーの乗用車でやってきた。
俺は助手席に乗る。免許は持っていない。
「で?別れた原因は?」
『彼女に「使った角栓シートを保存させてくれ」って言ったらキモがられてさぁ…それっきり連絡取れなくなっちまったんだよ…まだ付き合って1ヶ月も経ってなかったんだぜ…』
軽快に進む車とは正反対に、城川の心はひどく落胆していた。
「まだあの趣味やめてなかったのか…キモがられても仕方ないな。」
『でもよぉ!あの子だって俺のア●ルに指突っ込んでこようとするんだぜ!どっちもキモいだろ!?なぁ?どう思う!?』
「俺は変態マエストロじゃないんでな、判断しかねる。」
そうこう話しているうちに、2人とも腹が減ってきた。
目的地までは高速道路を走っても、まだ2時間近くかかる。
途中のパーキングエリアに寄り、食事をすることにした。
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すっかり満腹になった俺たちは、車へ戻ろうとした。
すると城川が『ちょっと待って』と俺を止めた。
『タバコ吸わせてくれね?5分で吸うからさ。』
「まぁいいけど。」
城川は黒いジャケットの胸ポケットからタバコを取り出した。
『お前も1本どうだ?吸ったことないだろ?』
城川の言う通り、俺は人生でタバコを1本も吸ったことがない。
タバコが嫌いなわけではなく、単に吸う必要を感じていないのと、金がかかるからだ。
そんな折、清掃員と思われる小柄な老婆が俺たちに話しかけてきた。
『アンタら喫煙者か?ヘヴィスモーカーか?』
『…いや、ヘビーってほどでもないけど…吸いますよ。』
『アンタにとっちゃヘヴィじゃなくても!私にとっちゃ1本でも吸ったらヘヴィスモーカーなんだよ!ヘヴィ!』
「ヘヴィ…」
『吸いたきゃ向こうにある喫煙所に行きな!あーまったく!タバコは嫌になる!こちとら、ただでさえ寿命が短いっていうのに、さらに縮まる!ゴミが増えて仕事も増える!ヘヴィスモーカーどもはこの世から消えてほしいわ!』
老婆は悪口を吐きまくると、どこかへ去っていった。
『ったく、口の悪いババアだな。ありゃ死んだら地獄まっしぐら、生まれ変わっても良くてドジョウだな。』
俺たちは老婆の言いつけ通り喫煙所で吸うことにした。
中には俺たち以外誰もいない。
『最近マジで吸うところねーよ。あのババアみたいに言うやつも多いし。喫煙者は肩身が狭いんだよなぁ。』
「電子タバコは吸わないの?ニオイとか、いくらか変わるんじゃないのか?」
『吸うには吸うが、紙の方がいい日もあんのよ。』
城川はタバコを咥え、火をつけた。
俺も1本もらい吸ってみた。
なるほど。鼻から喉にかけてスースーする。
むせてしまうかと思ったが、意外とイケる。
タバコというのは趣味に入るのだろうか?
城川にとってどうかはわからないが、世の中には自作のタバコを吸う人もいると聞く。
そこまでこだわれば、タバコも趣味と言えるだろう。
吸う意味がない、金がかかると先入観だけでタバコに触れてこなかったが、趣味として吸い始めるのもありかもしれない。
そう思った時だった。
ブーン…ブーン…
何か音が聞こえる。
ブーン…ブーン…ブブブ…
音は城川の方から鳴っている。
城川の体をよく見たところ、背中にスズメバチが1匹くっついていた。
「おい城川!動くな!スズメバチ!背中にスズメバチついてる!」
『えっ!?マジかよ!取ってくれよ!』
「無茶言うなよ!危なすぎるだろ!とにかくどっか飛んでいくまで動くなよ。」
『…まぁタバコ吸ってるだけなら問題ないだろ。』
確かに、タバコを吸う動き程度ならスズメバチを刺激することはなさそうだ。
俺は城川から少し離れて引き続き吸った。
予想に反して、スズメバチは城川のそばを離れる様子がない。
元カノはすぐ離れていったというのに。
それどころか、2匹、3匹と集まってくる。
最終的に城川の周りを5〜6匹のスズメバチが飛び交っていた。
「そういえば聞いたことがあるぞ、ハチって黒いものに反応するって…城川、お前黒のジャケット着てるからハチを呼び寄せちまってんじゃねぇのか?」
俺はさすがにヤバいと感じ始めていた。
『でも動くとダメなんだろ?だったらこのままいるしかねーじゃん。まだタバコも吸い切ってねーし。』
そう言うと、城川はタバコを吸い続ける。
喫煙者というのは命の危機にさらされても尚タバコを吸い続けるのか。
そして、
『いーってぇぇぇえ!!』
城川は右手に持ってたタバコを落とし、左手を押さえた。
スズメバチに刺されたのだ。
これ以上ここにいるのは危険だと思った俺は、痛みで悶える城川の手を引いて喫煙所を駆け足で出た。
さすがのスズメバチも人間のスピードには追いつけまい。
喫煙所から離れ、ベンチに城川を座らせた。
すると、城川の顔色がみるみる悪くなっていくのである。
頭皮からは大量の汗が吹き出している。
「おい城川、もしかしてお前、昔スズメバチに刺されたことないか!?子供の頃とか!?」
『わ…わから…はぁ…はぁ…ねぇ…記憶…が…ねぇ…』
アナフィラキシーショック。俺はその可能性を懸念した。
アナフィラキシーショックとは、アレルギーの元となる物質が体に入ることで、意識不明などに陥る症状のことだ。
スズメバチに2回刺されると、アナフィラキシーショックを起こす可能性があるとテレビで見たことがあった。
俺はすぐに救急車を呼んだ。
『俺…ヤバいか…?死ぬのかな…?』
城川が消え入りそうな声で囁く。
「大丈夫だ!2〜30分で救急車が来るから、それまで耐えろ!死んでも耐えろ!」
『2〜30分か…それだけあれば…十分だ…最後に…タバコを1本だけ…吸わせてくれぃ。』
この期に及んでまだ吸うつもりなのかと、俺は呆れてしまった。
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20分後、救急車が到着。
城川は担架で運ばれ、俺も同乗することになった。
救急車の中で俺は、さっきの老婆のことを思い出していた。
あの老婆、喫煙所の近くにスズメバチの巣があることを知っていたんじゃないか?
知ってて俺たちを、いや、あのパーキングエリアに来た憎くむべき喫煙者たちを喫煙所へ誘導して、スズメバチの餌食にしていたんじゃないか?
真実はわからない。
城川は運ばれている最中も『タバコ…タバコ…』とうなされていた、
喫煙者にとってタバコとは、ハチにとっての密みたいなものなのだろうか。
目の前でこんなことが起きた今、タバコを吸いたい気持ちにはなれない。
絶望社会人の奇趣味見聞録 ジロギン @jirogin
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