趣味:呪具収集
予定より早く商談を終えた俺と後輩の水上(みずがみ)は、会社に戻る前に少しだけ喫茶店に寄った。
駅ナカにある小さなお店で、大学生くらいの女の子と中年のおじさん2人で回していた。
俺と水上はテーブル席に座った。
水上は俺の1つ下の後輩。
ちょっと陰気なところがあり、営業成績はあまり良くないのだが、礼儀正しくて雑務を積極的にこなすことから、社内の評判は良好。
俺のことを見下さず、きちんと先輩として接してくれる数少ない後輩でもある。
今日の商談を振り返って先輩としてのアドバイスをしていたが、つい熱が入り、かなりの時間を費やしてしまった。
「いま何時だ?部長に怒られちまう!」
水上はポケットからスマートフォンを取り出した。
『15時50分です!ヤバいですね!早く帰らないと!』
急いで荷物をまとめる。
水上はスマートフォンをポケットにしまった。
「部長は時間に厳しいからなぁ…早く行こうぜ!いま何時だ?」
水上は再度スマートフォンを取り出した。
『15時51分です!まだ1分しか経ってませんよ!』
俺が2回も時間を聞いたのは、決してボケなどではない。俺はお笑いに一切興味のない硬派な男だ。
水上は左腕に銀色の時計をつけている。
なのにわざわざスマートフォンで時間を確認したのが気になったのだ。
電車に乗ってから、なぜ腕時計を見なかったのか聞いてみた。
『この時計、動いてないんですよ。時計としてつけてるわけじゃなくて、いわゆる呪具ってやつでして。身につけてると不幸な目に遭うらしいんで、つけてるだけなんですよ。』
俺は『呪具』という言葉が気になった。
お笑いには関心などないが、オカルトの類には心の底から興味がある。
小さい頃から心霊番組はかなり見てきた。
水上はこの時計のような呪具を集めるのが趣味なのだという。
『こういう「いわくつきの品」を扱っているリサイクルショップがあるんです。ネットとかだと情報が出回ってなくて、人から紹介してもらわないとほぼ辿り着けない店なんですよ。僕は叔父から教えてもらいました。もし興味があるなら、夢無さんも今週末行ってみませんか?ちょうど行こうと思ってたんですよ。』
俺は毎週末ヒマだ。
二つ返事でOKした。
呪具収集。趣味を探してる俺にぴったりかもしれない。
もし本当に呪いだの祟りだのがあるならやりたくないが、水上が言うには、時計をつけて数週間経つが、これといって不幸な目には遭っていないらしい。
実際にオカルト話のほとんどが、デマか気のせいである。
それは重々承知している。
それでも人間は非日常を求めて、オカルトに興じてしまうのだ。
「もし気に入ったものがあれば買おう」俺はそう思い、土曜日の昼に水上と待ち合わせすることにした。
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例の店は意外と近くにあった。
俺が住む東京都N区内の最寄駅から電車で15分。駅から徒歩7分、やや裏通りに入ったところ。
店の名前は『リサイクルショップ具呪具呪(ぐじゅぐじゅ)』。
ガレージを改良したような店の入り口上部に大きな看板が設置されている。
店先には、洗濯機や古いテレビなどが無造作に置かれている。
店内も家具や家電、雑貨で埋め尽くされていた。
「これ全部いわくつきの品?」
『そうなんじゃないですか?詳しくはわからないですけど。』
水上を先頭に、狭い店内へ入る。
一番奥にレジが見えた。
『店長さーん!いますかー?』
水上が大声を出すと、レジの下から男性が現れた。
上下黒い服に身を包んだ、オールバックの男性。少し痩せていて、年齢は40代半ばくらい。
もしこの人がバーテンダーだったら、美味しいカクテルを作ってくれそうだ。
週4で通って常連になってしまうだろう。
一瞬でそう思えるほどダンディな男性だった。
『おや水上様!今日はお友達も一緒ですか?ご紹介ありがとうございます。いかがです?時計の調子は?』
『この人は会社の先輩です。店長、聞いてくださいよ。ボク、これといって不幸な目に遭ってないんです。もう3週間くらいつけてるんですけど…寝る時もつけてるんですよ。でも全然で…』
『それは申し訳ございません。返品なさいますか?その場合、ご購入金額を全額返金させていただきます。』
『うーん…いや、大丈夫です!あと2週間くらいつけてみます。もしかしたら大怪我したり、病気にかかったりするかも。』
目の前で異様な会話が繰り広げられている。
俺にとっては異世界過ぎて、話についていけなかった。
水上が続ける。
『でもやっぱり、すぐに怪現象に遭いたいっていう気持ちもあって…即効性のある呪具ってないですか?明日にでも不幸になれるような…』
『即効性のある呪具ですか…そうですね…あっ、おすすめの逸品がありますよ。』
店長と呼ばれる男性は、レジの奥にあるショーケースを開け、1台のスマートフォンを取り出した。
黒い機体で、画面の右上あたりから中心にかけてヒビが入っている。
『これは…店長、どんないわくがあるんですか?』
店長はゆっくりとした声で答えた。
『このスマホはある方の遺品です。正確に言うと、いわくがあるのはこのスマホ本体ではなく、インストールされてる「地図アプリ」です。このアプリ、使った者を死に案内する「殺しの地図」なんですよ。何名かの方に売りましたが、皆さん返品に来られまして。どの方も購入から2〜3日以内にいらっしゃいましたかね。皆さん口を揃えて「死にかけた」とおっしゃってました。』
『実際に死んだ人はいるんですか?』
水上は淡々とした口調で質問した。
『私が売った方に死人はいません。このスマートフォンが当店に返ってきてるのがその証拠です。しかし当店にやってくる前には、何人かの死者が出ていると聞いています。』
『いくらですか?』
『税込で25万円です。』
『OK!買います!』
「ええっ!?いやいやちょっと待って!」
あまりの即決っぷりに、俺は不慣れなツッコミを入れてしまった。
「水上!お前25万だぞ!1ヶ月分の給料丸々吹っ飛ぶじゃないか!最新のスマホの倍以上するぞ!それにおかしいぜ!地図アプリにいわくがあるなら、そのアプリをインストールすればいいだけだろ!?このスマホを買う必要なんてないはずだ!』
俺の不器用マシンガンツッコミを喰らい、水上は困ったような表情を浮かべて、店長の方へ視線を移した。
店長が口を開く。
『お客様のおっしゃる通り、アプリならご自身の端末にインストールすれば使えます。スマホ本体を買う必要はありません。しかし不思議なことに、この「殺しの地図」アプリは、どのストアを見ても取り扱っていないのです。この端末にしか入っていないアプリなのですよ。もちろん水上様のお気に召さない時は返品にいらしてください。全額返金いたしますので。』
いわくつきの品には、そういうこともあるのかもしれない。俺は店長の言葉に納得してしまった。
それに返金制度もあるし、水上がいいなら俺に文句をつける資格はない。
水上は現金で支払い、例のスマホを購入。
呪具収集はこんなにも金がかかるのかと痛感した。
聞けば、水上は親が会社を経営しているボンボンなのだそう。
給料以上の買い物をしても、親が工面してくれるとのことだった。
一般家庭出身で、お金のない俺には難しい趣味である。
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翌日の昼過ぎごろ。
水上から連絡が入った。
交通事故に遭い、昨夜から入院しているとのことだった。
俺の脳裏に「殺しの地図」がよぎった。
すぐに病院へ向かった。
病室にはベッドで横になっている水上以外、誰もいなかった。
肋骨2本と左腕、左足の骨折。
命に別条はなく話すのも問題ないとのことだが、包帯姿が痛々しかった。
落ち込んでいると思って心配していたが、水上は俺が知っている限りで過去イチ元気そうな表情をしていた。
『夢無さん!「殺しの地図」は本物ですよ!本当に僕、殺されかけました!』
水上の話をまとめるとこうである。
昨日、俺と別れた水上は、夜に例のアプリを使ってみることにした。
スマホを起動すると、店長の話通り地図アプリが1つだけインストールされていた。
水上は自宅から区役所までの道を設定。
地図上に青いラインが表示されたので、その通りに歩いてみることにした。
最初はごく普通の地図アプリだと思っていたが、違和感に気づいた。
地図で示された道順は、交通量が多い道路の横断歩道がない場所を通るよう指示されていたり、線路の上を通るよう表示されたりしていたのだ。
この道順に従えば命はない。そう感じた水上。
決定的だったのは、ある団地の近くを通った時だ。
水上が歩いていると、背後でガチャンと何かが割れる音がした。
振り返ると、割れた植木鉢が落ちていたのである。団地のどこからか落下したのであろう。
あと数秒遅ければ、植木鉢は水上の脳天に直撃していたかもしれない。
この道も、地図に示された道だった。
水上は確信した。
しかし、地図に夢中になりながら横断歩道を渡ろうとした時、信号無視をした車に追突された。
そして救急車で病院に運ばれ今に至る、というわけだ。
水上はついに本物の呪具に巡り会えたと興奮していた。
俺も信じてしまいそうになった。
しかし100%信じきれない理由がある。
「死んでないな、お前。地図が本物なら死ぬはずだろ?」
不謹慎だと思いながらも、俺はつい口に出してしまった。
一瞬表情が固まった水上だったが、段々と眉間に皺が寄っていった。
『ああそうか!クソッ!そうですよ夢無さん!そうですよね!僕が死ななきゃ証明にならないじゃないですか!助かっちゃダメですよね!チクショー…死んでれば本物だったのになぁ…やっぱり偽物かぁ…?もう一回やらないとだなぁ…』
水上のモチベーションはどこからきているのだろうか。それはわからない。
とりあえず言えることは、俺は水上のような大怪我を負いたくないし、死にたくもないし、呪具を買う金もない。
また別の趣味を探すことにする。
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