趣味:怪談オフ会
経理部に村井(むらい)という男がいる。
俺より2年下の後輩だ。
毎月、取引先から受け取った請求書を申請する必要があるため、営業部の俺は経理部と頻繁にやりとりする。
そんな中で、村井と話す機会が増えていった。
ある日の昼休み。
俺は村井を昼食に誘った。
会社の近くにある居酒屋に入り、ランチメニューを注文。
村井を誘った理由は、単に話し相手が欲しかったからと、仲良くなりつつある村井の趣味を聞いてみたかったからだ。
『趣味って言えるかわからないですけど、僕、怪談のオフ会を企画してるんですよ!オカルト好きが集まって、お互いに怪談を喋るんです。』
この趣味を聞き、俺は村井のことを面白いと思った。
『怪談のオフ会をやる』という発想自体、俺にはできるものではない。
『来週の金曜日にやる予定なんですよ!今回は5人参加してくれます!もしよかったら夢無さんもどうです?もっとも、このご時世なんで、オンラインでのオフ会なんですけど。』
俺は昔からオカルトが好きで、YouTubeなどで怪談をよく聞く。
とても興味があり、せっかくの誘いに乗りたくなった。
「怪談なんて話せないけどいいの?それに俺、オフ会とか参加したことないし…」
『聞く専の人もいるんで大丈夫ですよ!今回が初オフ会の人は夢無さんだけじゃないみたいですし、何かあれば僕がフォローするんで、余裕ですよ!』
「そうか!じゃあお邪魔しちゃおうかな。」
当日までに村井から、オンラインミーティング用のURLをもらえることになった。
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翌週の金曜日、21時。
オフ会の開始時間となったため、俺はパソコンからURLにアクセスした。
俺を含め参加者は7人。
1人が村井で、残りは村井の話にあった5人だろう。
全員ハンドルネームが表示されており、顔を隠している。
その中に1人だけ妙な名前の参加者がいることに気づいた。
『チン●コ公太郎』
完全な下ネタだ。下劣極まりない。
顔は見えないが、うだつの上がらないおっさんか、こういうネタ爆笑する中学生の顔を思い浮かべた。
画面いっぱいに『チン●コ公太郎』の名前が表示される。
この人物が喋っているということになるが、声が紛れもなく村井のものなのだ。
『皆さん!今日はお集まりいただきありがとうございます!時間の許す限り怪談を語り尽くしましょう!眠たくなったら抜けて構いませんし、お知り合いを呼んでもらっても全然OKです!』
丁寧かつ元気の良い案内だ。
名前とギャップがありすぎて、吐き気がしてくる。
『あっ、まず自己紹介から始めましょうか!僕は「チン●コ公太郎」です!気軽に「チン●コ」もしくは「チ●ポ」と呼んでください!女性の方もいらっしゃいますが、遠慮しないでくださいね!』
なぜそっちなのだ!と心の中でツッコミを入れた。
百歩譲って『チン●コ公太郎』という名前はいい。しかし呼ぶなら『公太郎』の方だろう。『チン●コ』は隠すべきだ!
女性の参加者もいるとのことだったが、絶対に呼びたくないはずだ。
『チン●コさん、今日はよろしくお願いします!私はマーキュリーって呼んでください!』
女性の声がした。
全く躊躇うことなくチン●コと口にした。
オフ会というのはそういう文化なのだろうか。
確かに、ただの名前だ。棒と2つの球を想像する方がおかしいのかもしれない。
しかし普通は…普通はイチモツを連想して、女性ならなおさら声に出しにくいと思うのだが。
オフ会は2時間半ほど続き、その間ずっと村井は『チン●コ』と呼ばれ続けていた。
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月曜日、俺はまた村井を昼食に誘い、この前と同じ居酒屋に入った。
「おい村井よぉ、この前のオフ会ひどかったぞ!」
村井は唐揚げ定食の白ごはんを口に入れながら喋る。
『あれ?お気に召しませんでした?皆さん怖い怪談いっぱい持ってましたし、個人的にはめっちゃ楽しかったんですけど。』
「違う違う!お前のハンドルネームだよ!なんだよ『チン●コ公太郎』って!中学生じゃねーんだからよぉ!いい年した社会人が『チン●コ』ってお前…』
村井は口の中のご飯を飲み込み、左手に持っていたお茶碗をテーブルに置いた。
『あの名前を使ってるのには理由があるんですよ。僕、女の人が下ネタ言ってるの大好きなんです。なんか興奮するっていうか…耳から入った下ネタが鼻を通って喉を通って、胃、十二指腸、小腸、大腸を経由して睾丸をくすぐるんですよ。全身が震え上がるように興奮するんです。』
「何言ってんだお前…?大腸と睾丸はつながってねーぞ…」
『でも、女性に下ネタを言わせるのって難しいじゃないですか?だからオフ会を開いて、自分の名前に下ネタをぶち込んで、女性の参加者に言ってもらうんですよ。名前なら呼ばざるを得ないじゃないですか、お互い本名は知らないわけですし。最近はオンラインでやることが増えて、顔隠す人が多いからもっと興奮するんですよ!顔は見えない方が妄想が捗って最高なんですよね!正直、怪談オフ会っていうのはもはや建前なんですよ!」
村井は興奮気味に語った。
『お前…やばいだろ…だからって『チン●コ公太郎』はないわ…」
『それだけじゃないですよ。「前立腺アタッカー」「フェ●ーリ岡本」「アンアンパンパンマ●マン」を使い分けてます!夢無さん、他にいい名前ないっすかね?』
「お前…フ●ラーリは下ネタじゃないぞ…」
この話を聞いている間、俺の顔はひきつっていたと思う。
ひとしきり話し合えると、村井はむしゃむしゃと唐揚げ定食を食べ続けた。
まるで性欲旺盛な発情期のパンダのように。
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こんな村井だが、オフ会に参加者を集めるためブログに怪談を書いたり、心霊スポットに行った様子をSNSにアップしたりと、積極的に活動しているそうだ。
それは純粋にすごいと思う。俺には真似できそうにない。
それでもやはり、軽蔑する気持ちの方が優ってしまう。
この一件以来、村井は俺をオフ会に何度か誘ってくれた。
しかし、画面の向こう側で興奮し、震え上がっている村井を想像すると参加する気にはなれなかった。
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