趣味:サイコロゲーム

地元に帰ってくるのは1年半ぶりだろうか。

俺は神奈川と静岡の県境出身で、東京の大学への進学をきっかけに上京した。


年に一度は地元に帰ってきていたのだが、去年は新型コロナウイルスによる緊急事態宣言などもあり、県を跨いでの移動は控えていた。


宣言が開けたため、数日仕事を休んで実家に顔を出すことにした。

両親は相変わらず元気そうだった。


帰ってきたはいいものの、やることが全くない。

神奈川県内ではあるのだが、かなり田舎のため遊びに行けるところは限られている。

どうやってヒマをつぶそうかと考えていた時、松田(まつだ)の顔が浮かんだ。


松田は高校時代の同級生で、俺の友達と呼べる数少ない人物だ。

根暗だが面白いやつで、オリジナルのゲームを考えては教室の隅っこでよく遊んでいた。


俺よりも松田の方がゲームを考えるのが上手だった。

9:1くらいの割合で、松田考案のゲームで遊んでいたと思う。


例えば、


・シャーペンの芯を1本机に置き、お互いに息をフーフー吹きかけて相手の陣地から落とした方が勝ちゲーム


・生物室で飼育されていたタニシを2匹ずつ盗み、1週間でどちらが多く繁殖させられるかゲーム


・どっちが先生にかっこいい異名をつけられるかゲーム


こんな感じで、お金をかけずにできる遊びをたくさん考えてくれた。

俺以上に松田自身が楽しんでいたようで、ゲーム中の無邪気な表情が今でも印象に残っている。


松田とは成人式で会って、それから連絡を取っていない。

この退屈な田舎でも楽しめる遊びを松田なら考えてくれるのではないかと思い、電話してみることにした。


電話はすぐにつながった。

あいつも俺と同じ陰キャ。彼女も友達もおらずヒマしてたのだろう。


話を聞くと、今も実家で暮らしているという。

ちょうどよかったので、俺は松田にこれから会えないか聞いてみた。

返事はOK。

松田の家に来てもいいとのことだったので、俺は支度をし、すぐに家を出た。


ーーーーーーーーーー


「松田すまねぇな、突然連絡して。超ヒマだったんだわ。あまり変わってねーな!いや、ちょっと太ったか?」


『バカ!太ってねーよ!風格が出てきたのさ!オーラでデカく見えるんだよ、オーラで。』


松田は以前会った時と体重以外は変わってなさそうだ。

高校時代と同じテンションで話ができた。


ご両親は出かけているようだった。

2階にある松田の部屋に入り、俺は床に、松田は学生時代からそのままであろう勉強机の椅子に座った。


「突然連絡しておいて申し訳ないんだけど、なんか面白い遊びねーか?お前、そういうの考えるの天才的にうまかったじゃん?」


『まぁそうだったけれども!』


「あれ?お前だっけ?ボードゲームとか作ってるおもちゃ会社入ったのって。誰から聞いたんだっけな?母さんからだったか?」


『そうだけど、それで?』


「だったらないのか?最新のボードゲームとかプラモデルとかさ!もうほんと、7歳児が遊ぶようなものでいいんだわ。何かしてーのよ。」


『はっ!うちの会社のゲームなんてやめとけやめとけ。流行もわかってねぇジジイどもが、威厳だけで企画を通させたくだらねぇもんばっかだよ。』


「ああそう。そういうのあるんだな。やっぱり若手の意見ってのはかき消されちまうんもんなのか。」


『俺のアイデアなんて全部ゴミ箱行きさ…そうだ、最近考えた面白いゲームがあるんだ。多分、お前がこれまで遊んだどのゲームよりスリリングだぜ!」


「おっ!さっすが松田くん!いや松田様!そういうのを待ってました!ゲームを考えさせたら右に出る者はいませんな〜…で、どんなゲームなんだ?」


松田は勉強机の引き出しから、何かを取り出した。

そして、部屋の真ん中にあるローテーブルの上に音を立てて置いた。


1本のバタフライナイフと、2個のサイコロだった。


『簡単だけど超スリリングだぜ。お互い同時にサイコロを振るんだ。出た目の数を比べて、少ない方がその差分だけ左手の指を自分で切り落とす。最小で1本、最大で5本。ちょうど片手の指と同じ本数だろう?』


「はぁ?お前何言ってんだよ?」


『これをもう1ゲーム行う!今度は右手の指を賭ける!2ゲームやって残ってる指の本数が多い方が勝者だ!同点だったらサドンデスだ!』


「お前正気か!?指詰めるってことかよ!?別にそんなことしなくていいじゃねーか!サイコロの数字だけで競えば!」


松田は深くため息をつき、呆れたような顔をした。


『おい、夢無よ。俺言ったよな?今までで1番スリリングで楽しいゲームだって。ゲームの楽しさってのは何によって決まると思う?それは「賭けるものの大きさ」だ!大きくなるほどゲームのスリルは増し、簡単なルールでも楽しくなる!何も賭けず、安全に終わるゲームなんて俺は楽しいと思えねーよ!どう思う?夢無よ!俺は間違ってるか!?』


松田の目は海底洞窟のように暗く、奥底まで続いているようだった。


「そういうゲームもあるだろうさ…ギャンブルみてーなもんだろ?だったら指じゃなくて金とか賭ければ」


『正しいと思うならサイコロを振れ!』


「いやでもよ」


『いいから早くサイコロを持て!俺の準備はできてる!お前がサイコロを持ったらゲームスタートだ!』


松田の剣幕に押された俺は、渋々サイコロを手に取った。


『よし…振るぞ…せーのぉぉぉお!!!』


俺と松田はほぼ同時にサイコロを投げた。

机の上でサイコロが転がる。

松田の出た目は2、俺は6。その差は4。


松田はサイコロを見つめてしばらく沈黙すると、震える手でナイフを取った。


「おいバカ!ただのゲームだろ!?本気で指詰めるなんて頭おかしいぞ!」


松田の額には大量の脂汗が浮いていた。

なんとなくだが、これは冗談を言っている人間の姿ではないことがわかった。


『たかがゲーム…?違うぞ夢無。ゲームってのは命懸けなんだ。命懸けでやるから楽しいんだ。今の俺は怖かってなんかいないぜ…ゲームを心底楽しんでいる。自分の考えたゲームをな!』


ナイフの先端が、机の上に置かれた松田の左小指に当たる。


『見てろ夢無!俺は自分の考えたゲームで死ねるなら本望だ!これは俺の考えを否定したジジイどもへの復讐でもある!!』


松田はナイフを頭の上に振り上げ、自分の小指に突き立てた。

人間のものと思えない悲鳴が部屋中に響き渡った。

机の上は瞬く間に血の海に変わり、床にコロリと松田の小指が転がった。


恐怖と吐き気に見舞われた俺は、痛みで床を転げ回る松田を避けて部屋を出た。

階段を駆け降りると、そのままの勢いで玄関から外へ出た。


松田は正気を失っている。

ただゲームを楽しんでいるだけとは思えない。

それにあのまま続けていたら、俺まで指を失うハメになっていたかもしれない。


家の外からでは、中の様子はわからなかった。

もし本当に松田が指を4本切り落としていたら…

これ以上バカな真似をさせないために、俺は救急車を呼んだ。


ーーーーーーーーーー


20分後、駆けつけた救急隊員の肩を借りながら松田が家から出てきた。

左手には白いタオルを巻かれており、一部分が真っ赤に染まっていた。

指が何本残っているかは見えない。


『夢無ぃぃぃい!ゲーム楽しかったかぁぁあ!?またやろうなぁぁあ!?』


救急車に運び込まれる直前、松田は俺に向かって叫んだ。

その顔は、高校時代に遊んでいた時と同じような無邪気さに満ちていた。


「お友達ですか?一緒に救急車乗ります?」


男性の救急隊員が聞いてきた。


「いいえ、違います。」


俺はその場を後にした。

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