趣味:夜の営み

趣味というのは、何も一人で行うものだけではない。

友人、恋人、夫婦で楽しむというケースもある。

もし結婚した相手と趣味が合い、相性が抜群だとしたら、結婚生活は長続きするだろう。


偉そうに語っているが、俺は女を知らない童貞だ。難しいことはまだよくわからない。

そんな俺でも、理想の夫婦像を思い描いてしまうようなエピソードを聞いた。


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俺が働く会社の総務部に所属する猪俣(いのまた)さんという女性は、入社15年目のベテラン社員だ。

物静かで品が良く、人当たりもいい彼女は、若い頃かなりモテたに違いない。

少し歳は離れているが、俺の同期でも猪俣さんに憧れる男は結構いる。


俺的に、猪俣さんは恋愛のターゲットとしてアウトオブ眼中。

既婚者に手を出すほど性に飢えていない。


とはいえ、仕事や飲み会で猪俣さんと話をすることは多い。

彼女はことあるごとに、


『最近どうなの?いい女の子見つかった?』


と俺に聞いてくる。

交際相手がいないことを知っていて、彼女なりに俺をおちょくってくるのだ。

その度に俺は、


「夜な夜な遊び歩いてますよ。もう999人は斬りしましたかねぇ。オレの股間の『名刀・雷切』が欲してるんですよ、1000人目の女をね。」


なんて虚勢を張っているが、冒頭で紹介した通りバキバキの童貞だ。

会社からまっすぐ家に帰る日の方が圧倒的に多い。


そんな猪俣さんの恋愛事情はどうなのかというと、10年前に社内の営業2課の課長と結婚。

猪俣というのは課長の苗字である。

課長は社内でも1、2を争うくらい厳格な男として有名で、部下を叱る声が俺のデスクの方まで聞こえて来る。


一見すると正反対のタイプに思える2人。

以前、給湯室で猪俣さんに会った時、「夫婦ゲンカとかしないんですか?」と聞いたことがあるのだが、10年間で1回もないらしい。


彼女すらいない俺が聞くのも変な話だが、夫婦円満の秘訣を聞いてみた。

猪俣さんは周りに俺以外いないことを確認すると、『誰にも言わないでね』という条件で教えてくれた。


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端的に言うと、猪俣夫婦はお互いの趣味が絶妙にマッチしているのだ。

それは夜の営みの時に発揮される。


猪俣さんは会社では物静かな人で通っているが、ベッドの上では「ど」がつくほどのサディスト。

旦那さんを激しく殴打したり、罵声を浴びせたりすることが楽しくて仕方ないらしい。


一方、課長は「超」がつくほどのマゾヒスト。

奥さんに殴られることが快感であり、時には「ベルトで首を絞めてくれ」など危ないことまで要求してくるそうだ。


ある日の夜19時ごろ。

少し時間は早いが、2人は寝室で夜の営みを開始していた。


『また部下の〇〇くんを叱ったでしょ!アンタ!こんな!ブタみたいな声出して!怒られて興奮するくせに一丁前に人を叱る資格なんてないんだよ!このタコ野郎!』


猪俣さんが、ベッドの上にうつ伏せにした課長の尻を、まるでティンパニーのように平手で連打する。


『ごめんなさい!もうしません!もうしません!でも叩くのはもっとして!もっと激しくして!』


寝室は罵声と快楽と尻音のオーケストラ会場となった。


2人の楽しみが加速してきた時、インターホンが鳴った。

猪俣さんは、先日ネットで買い物をしたことを思い出した。

尻ティンパニーをやめ、荷物を受け取るために服を着て玄関へ向かおうとすると、課長に制止された。


課長はズボンを履き、上半身は裸のまま、ズンズンと玄関へ歩いて行った。

2回目のインターホンが鳴ったと同時に、課長は扉を勢いよく開け、配達員に怒鳴りつけた。


『おい、お前さ、何邪魔してんだよ?なぁ?時間帯考えて来いよ。この時間なら明日の朝でもいいんじゃねぇのか?それか気を遣って玄関の前置いとけよ!どんな教育してんだお前の会社はよぉ!?あぁ!?』


夫の怒声を聞き、猪俣さんも玄関に駆けつけた。

配達員の若い男性が何度も平謝りしている。


『ちょっと!私がこの時間に頼んだのよ!もういいから中入ってて!ごめんなさいね。本当に何も気にしなくていいの。あなたは何も悪くないから。本当にごめんなさい。』


猪俣さんは配達員に謝罪すると、扉を閉め、夫と共に寝室へと戻った。


『アンタ何やってんのよ!!無関係な配達の子に!当たり散らして!外からわかるわけないじゃないの!部屋の中のことなんて!』


猪俣さんの尻ティンパニーが再開された。


『もうしません!誓います!二度としません!だからもっと強く!左と右のバランスが合うように!テンポよくぅぅぅ!!!はぁは…はぁ…はぁ…お尻叩くの満足したら…二の腕にホッチキスの針打ってもらえる?』


罵声が響く。

快楽が強まる。

尻音が鼓膜を震わせる。

寝室をあのオーケストラが再び包み込んだ。


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社会に見せていない本性まで正反対だったからこそ、2人は惹かれあったのかもしれない。

猪俣家では、今後も幸せな暮らしが続きそうである。


それにしても、なるほど。相性が合う夫婦なら、夜の営みも趣味になるのか。

しかし猪俣さんの話は、今の俺にとってあまり参考にならなかった。

なぜなら俺は、自分の性癖すらよく理解していない童貞なのだから。

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