第7話

「ぐわあ」

 鸚鵡は、赤い顔に青い羽を持って、かねの鳥籠にいるのだった。

「よせ」

 バルテリンク氏の言葉には、既に通詞は不要だった。田所千代之助殿は退屈そうに手酌で杯を重ねている。

「その筆は、よせ」

「ぐわあ」

 また鸚鵡が鳴いた。

「おせいちゃん、またつまみ食いをしたね? 政吉どんは、かすてら鍋で、指にちょいと火傷をしたね、あちちちあちちち」

 鸚鵡、ここの使用人の内情を知らしめるような言葉をよく真似るらしい。

 絵の進捗は。

「頭が大きい」

 バルテリンク氏の批評が飛ぶ。

「羽がさらに大きすぎる」

 奥方は嫣然えんぜんと笑って見守るのみ。

「遠近法! そのゆがみがまことのものとなれば、どうなる?」

 だが明春は、ひと筆ひと筆、得心の笑みで進めてゆく。

 その目前で、また鸚鵡は鳴く。

「あーべーせーでーゑーふーへーはーいーかー」

 おや。

 田所千代之助殿の杯を重ねる手が止まる。

 この鸚鵡、和蘭陀語おらんだごの〈あべせABC〉を唱えておる……


「ちょいとお頼み申しますよ、先生」

 もじゃもじゃの吉っつぁんは、何度も何度も虎を拝んでいる。

「おいらの命がかかっておりますんで」

「いのち?」

 虎は首をかしげる。

 霧丸がそれを受けて、

「吉っつぁんは化けるのが下手で、師匠に破門されそうなんだ」

「困っているね?」

「いえいえいえ」

 虎が舌なめずりをしたので、二人ともあわてた。

「ただ、われわれは、あなた様をもっと住みよいところへお連れする手はずを整えたんでございます。檻を出ましたら、狸の抜穴へご案内いたしますんで、へえ。宿の者にも見つかりません。へえ」

 この、もじゃもじゃの吉っつぁん。実は狸で、たぬ吉郎という名である。

 ヒトの子供に化けているのに、頭も髭ももじゃもじゃなのは、化けかたが破門寸前の腕前のためである。

「この仕事ができれば、少しはヒトの世間でも鼻が利く、まだ見込みがあるとのお沙汰をいただけるんだ。おいらからも頼みますよ」

 この霧丸は、たぬ吉郎にヒトの世間について教える指南役である。

 狸の惣領はじめ偉いお歴々は、霧丸のように身寄りのない子供を引き取って不自由なく養い、こうして働き手とすることがある。


「ABC!」

 和蘭陀人のカピタンたちが、鸚鵡のそばに集まってきた。

「……」

 そして、旧知と見えるバルテリンク氏に、親しげに声をかけ、談笑をはじめる。

 その脇で田所千代之助殿、聞いて聞かぬふりをして杯を飲み干し、聞いて聞かぬふりをしてやはり聞いていた。

「おほほほほほ」

 奥方は相変わらず愛嬌を振りまき、ますますお美しいことである。

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虎のはなし 倉沢トモエ @kisaragi_01

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