第6話
さて、〈虎〉は。
とろん、とした顔で、人間どもを眺めていた。
いずれも酔っていて正体がない。
そんな様子もおもしろく、またごろり、と寝返りを打った。
「虎」
その虎に、小声で呼びかける者がある。
「虎の先生」
子供と、もじゃもじゃしたもの。
「ちょいと、窮屈じゃあありませんかい?」
もじゃもじゃしたものは、人間のように見えたが、どうにももじゃもじゃしている。頭の毛は伸び放題で、髭も真っ黒。きょとん、とした大きな目玉が光っている。
「檻は、窮屈ですよねえ?」
「そおでもないさ」
驚いたことに、虎はのんびりした声でそんなふうに反してきた。
「とらは、ゆっくり眠れればどこでもいいんだよ」
「そんなあ。先生」
もじゃもじゃが、困り声になる。
「ぜひ、先生をお招きしたいという方がおりましてね」
「困っているのかい?」
「え」
「とらは、困っているところにいくんだ」
どうしたはなしか。
「困ったこどもと、困ったかあさんをこのあいだも食べたよ」
恐ろしい話が出てきた。
「困っていません」
「困ってないです」
あわてて子供ともじゃもじゃが言う。
すると虎は、
「そうかね。でも、困ったらいつでもおいで」
もじゃもじゃが、ぶるり、と身ぶるいをひとつした。
* *
さて。こちらは明春と奥方。
「何をお題にいただきましょうか」
「よせ、明春」
バルテリンク氏の止める声など届かぬようだ。
「なあに。余興ですよ。この筆がまこと妖術使いの霊験あらかたなるものか、とくとご覧いただきましょう」
どこからか紙も手渡された。
「では……そうだな、」
明春は、店のものを呼びつける。
「この部屋に来る廊下の角に、
「そんな、先生」
番頭はおそれをなす。
「虎がおりますので、鸚鵡は遠ざけていたのですよ」
「俺の虎は、鸚鵡など喰わんよ」
奥方も加勢した。
「そうよ。虎からは見えないように衝立でも立てましょうよ。鸚鵡の絵なんて、なんてありがたいんでしょう。きっと妾の屋敷に置かせていただきますよ。それともあの虎のように抜け出て、この店の二羽目の鸚鵡になるかしら。また評判になるわよ、番頭さん」
何となく言いくるめられたかたちで、しばらくのち主人とも話がついたのか番頭は、鸚鵡の籠と屏風をそれぞれ持った小僧たちを連れて戻ってきた。
「ぐわあ」
鸚鵡はひと声鳴いて、
「酔っぱらいばかりだなア。ああ、酒くさい酒くさい」
「おっ。こいつさっきはひと言も口を利かなかったのに、宴席では違うようだな」
そんな軽口を申して次には明春、目の色が変わる。
絵師の顔だ。
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