【4分で怪談】 看板がウザイ中華料理店

松本タケル

それは本当に雲ですか

 F氏は50代でヒラ社員。出世はもう諦めている。そんなF氏だが部署で嫌わているわけではない。むしろ、好かれており必要とされている。理由は彼のコミュニケーション力の高さだ。F氏はとても聞き上手で若手から年配まで誰とでも話をする。皆、つい話し過ぎてしまう。


 そんなF氏は飲み会が好きだ。自分の部署だけでなく、他部署の人、友人などに声をかけては飲みに行った。

 F氏には行きつけの中華料理屋があった。小さな駅の近くの寂れた商店街にある。商店街は夕方にはほとんど閉まってしまうので開いているのはその中華料理屋くらいだ。店の上に掛けられた大きな看板が目印だ。

 その日もF氏は会社の同僚と若手と3人でこの店を訪れていた。先に会社を出たF氏が最初に到着したので他の2名を待つことにした。


 F氏は店の入り口の上に掲げられた看板をじっくりと見てみた。看板は煌々と照らされており、大小の雲のイラストが描かれていた。

「この雲は筋斗雲かな? 西遊記は中国の伝記なのでそうなんだろう。こんなに描くとごちゃごちゃするだけだな」

 想像しているうちに2名が到着した。


「いらっしゃい、いつもありがとうございます」

 F氏は長年のお客なので店長や店員とはすっかり顔なじみだ。店長はF氏と同じ50代で親近感があった。父親の後を継いで経営している。

「店長、いつもの食べ放題、飲み放題でお願い」

 慣れたそぶりで注文する。

「これで3000円、嬉しいけど経営やっていけるの?」

「確かに家族3人と年老いた父の4人で生きていくのは簡単ではないですね。でも、黒字になるように仕入れを工夫してます。遠慮なさらずドンドン注文してください」

 この店は安い割に味にこだわりがあった。採算があっているのか不思議に思うこともあったが、足を運ぶことがお店のためにもなるとF氏は思っていた。

 「Fさんはうちの家族みたいなものです」

 時々、店長が言ってくれるのがうれしかった。

 その日は2時間ほど滞在した。若手のお代はF氏が支払った。奢っても財布に優しいのがありがたい。


 3日後、F氏は大学時代の友人2名とその中華料理屋で飲む約束をしていた。

「10分ほどちょっと遅れます」

 2名からメッセージが入った。

「少し待つか」

 F氏は何気に看板に目をやった。

「ん?」

 違和感を感じた。

「あれ、前回は筋斗雲が5個描かれていたような・・・・・・4つになっているぞ」

 どの雲が消えたのかは分からないが4つになっていた。

「これって、見方によっちゃあ人魂に見えるなあ」

 思いを巡らせているうちに2名がやってきた。


「いらっしゃい! いつもいつもありがとうございます」

 F氏は手早く注文を済ませた。

「ところで、大将は元気かい?」

 大将とはこの店の創業者で店長の父親だ。F氏は勝手に大将と呼んでいた。

「あ、その・・・・・・昨日、亡くなりまして」

「えっ?」

 F氏は驚きを隠せなかった。

 時折、高級なお酒をタダで振舞ってくれたあの大将が死んだなんて信じられなった。

「長く患ってまして、昨晩ついに・・・・・・まあ、死に目に立ち合えたのが何よりでした」

 寂しげな表情になった店長をみてF氏は話題を変えた。

「そうだ、店長。看板の筋斗雲、1つ消したのかい?」

「筋斗雲?」

「あっ、すみません。オーダーが入ったようで。お気になさらず沢山召し上がってください」

 店長は速足で厨房に戻っていった。

 F氏もいつも通りに振舞って3人で楽しく飲んだ。



 翌日、F氏は1人でその店に行くことにした。店長を励ましたいと思っていた。


「あれ、今日は定休日じゃないはずじゃ・・・・・・」

 店内が暗い。看板のライトだけが煌々としている。

「やっぱ、4つになってるよな雲」

 その時、ガタガタっと店内から大きな音がした。そして、言い争う声。

「き、消えた!」

 看板に4つあったはずの筋斗雲の1つがフッと無くなった。

「やめて!」

 店内からは叫び声が聞こえた。そして、静寂。

 F氏は気付かなかったが筋斗雲は更に1つ消え、2つになっていた。


「只事じゃない。店長一家が襲われれいる。助けないと!」

 とっさの判断でドアノブに手を掛けた。

 ドアに鍵が掛かっており開かない。

 

 ガシャ。その時、中から鍵が開けられた。

 ギギギ・・・・・・ドアがゆっくり開く。

 後ずさりするF氏。

「ああ、Fさんでしたか」

 暗がりに立っていたのは店長。その手には真っ赤な何かが付いた包丁。


「このあと行こうと思ってたんですよねぇ。あなたのところぅ」

「て、店長。あ、あんた何をしたんだ」

「無理心中ってやつですよぉ。実は厳しかったんですよ経営ぃ」

 息を呑むF氏。ドアの向こうの暗闇に人が1人いや、2人倒れている。

 表情がいつもと違う。

 陰鬱な笑みに空ろな目。

「あなたも家族の一員ですよねぇ」

「何言ってるんだ。おまえ」

 F氏は恐怖で震えて尻もちをついた。

「無理心中って家族でするもんですよねぇ」

 言い終わる前に店長は包丁を振り降ろした・・・・・・。


 残っていた2つの筋斗雲のうち1つが消えた。

 その数分後、最後の1つも消えた。

 

 筋斗雲が見えていたのはF氏だけだった。

 しかし、本人はそれに気付くことができなかった。

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