久地楽ーのちに最強と謳われる死神ー

藤泉都理

久地楽











 あんなにも易々と操れた鎌が手から滑り落ちた瞬間。

 終わりが来たのだと悟った。








 はなむけにと用意された最期の仕事は、勇者と魔王の魂回収だった。

 相打ち。

 双方共に命が絶たれた時刻が同じ。

 激戦を物語る枯れ地の中、死体はそのままに魔王の上に勇者が覆い被さっていた。

 合わせる掌が震えているのは。

 老いゆえ。

 最期の仕事ゆえ。

 死にたくないともがく魂たちに圧倒されているがゆえ。


 聖と邪の球体。

 一見すれば、綺麗な丸の形をしているようだが、注視すれば、歪だと気づく。

 決して触れ合わないように僅かな隙間を開けて、いくつもの波が折れては近づいて球体の形を取っていた。

 まるでこの刻ばかりは手を貸すと言わんばかりだ。

 互いの敵である私を討つ為に。


 負に蝕まれる掌とは対照的に、口元だけが歓喜で震えていた。

 否。

 震えているのは、全身も大気も大地も。

 そも、己だけではない。

 勇者も魔王も同様に。


 刹那、空から地へ一直線に堕ちた一筋の矢が視界に入った瞬間。

 同時に動く。

 

 邪魔くさい。

 元々大気に在ったのか。

 硝子の薄い板にぶつかるたびに粉々に壊れる甲高く響き渡る音を聞き流しながら、魔王と勇者へと翔けて、間を置かず鎌を振り下ろせば、予想外の事が起こった。

 容易には斬れぬと思っていた球体が、綺麗に真っ二つに割れたかと思えば、それぞれが無数の礫となって全身に襲い掛かってきたのだ。

 不意の攻撃、加えて、渾身の力を込めて鎌を振り下ろした為にぐらついた体勢ゆえに、まともに受けてしまい、全身に激痛が走る。

 しかも、そのまま身体の中央へと向かうのだから、たまったものではない。

 身体の支配権を奪おうとしているのだろう。

 共闘を解いたのか、続行中なのかは判断がつきかねないが、やる事は変わらなかった。

 三者三様に。




 疾風が如く、勇者がはらわたに、魔王が脳へと辿り着いた瞬間を狙って。

 私は私の首を刈った。






 安堵したのは、あんなにも重くなった鎌を易々と扱えた事だった。











「で」

「で?」

「で」

「で?」

「閻魔大王様。私は消滅したはずですが」


 死者の魂を刈ればあの世に連れて行かれるが、死神を刈れば消滅あるのみ。

 覆ることはない文律。

 老いた死神は無邪気な笑みを惜しみなく向ける閻魔大王を睨みつけた。


「そんなに怖い顔をしないで」

「説明を下されば解消します」

「うんだから言ってるよね。魔王と勇者の次の転生先が見つかるまでお守りをよろしくって」

「役立たずの私よりも適任がいるでしょうにどうしてでしょうか?」

「君の魂があの子たちに交じってるから、少しは言う事を聞いてくれるかもという願望?」


 首を傾げるな可愛い!

 などと絆されはしないぞ。

 老いた死神はことさら強く顔に力を入れた。

 うん痛い。


「では叶う可能性が遥かに低い願望が為に、文律を破ったと言うのですか?」

「だって、刈り切ってなかったよ。君の首。皮一枚残ってた」

「皮一枚くらいいいでしょうが!?」

「だめだめ。皮一枚でも繋がってたもん。だから文律は破ってないし。君があの子たちを身体に封じてくれたおかげで地上にあれ以上被害を出すことなく連れてこられた。まあ。そのおかげで、こっちが甚大な被害に遭っているわけだけど」

「………」

「たなむけ。て、言ったでしょう?君の最後の大仕事だよ。簡単に終わらせられることをお願いしないよ」

「くそじじい」

「うん。君よりもうんと年老いたくそじじいがまだまだ。下手したらこの星が終わるまでは働くんだから。お願いね」

「まさか私もそれまで付き合わせる気じゃないでしょうね?」

「まさか。言ったでしょう。あの子たちの転生先が見つかるまでは。見つかったら、君の願い通り、退職。つまりは、消滅。約束する」

「………わかりました。あの子たちのお守りをします」

「うん。ありがとう」

「記憶はどうしていますか?」

「闘争本能以外は覚えていない」

「消せなかったのですか?」

「勇者と魔王だもん」

「じじいには荷が重すぎますよ」

「鎌と同じくらい?」


 老いた死神は鼻で笑って、その場を立ち去った。











 魔王と勇者の魂を見て、やれやれと首を回す。

 通常、ここに連れてこられた魂は一反木綿のような形になってふわふわと浮いて、転生先が決まるまで眠っている状態になるはずなのだが、勇者と魔王は五歳児程度の人間そのもの。

 どれだけ未練があるのかが伺い知れた。


(闘争本能、か)


 敵を討ってもなお、消えない轟轟たる炎。

 燃料を断たない限りは、燃え続けるだろう。

 しかし果たして、燃料があるのか、甚だ疑問ではあるが。


(さて。どうしたものか)


 試しにそれぞれに入っているらしい己の魂に、静まるように念じてみる。

 も。効果はなし。

 勇者と魔王のどつきあいは継続中。

 具現化しているお互いの記憶の中に在る町やら森やらへの破壊も継続中。

 老いた死神は鎌を最小化して腰に差し、代わりにフラフープを元の大きさに戻して、二人めがけて飛ばして腕と胴体、足の二か所を囲んでは縮ませて、捕縛を成功させる。

 存外あっさりと捕まりあまつさえ暴れ回らない二人に内心首を傾げるも、燃料切れかと納得して、近づいた。


「おまえたちの師匠になった久地楽くじらだ」


 反芻したのは深緑髪の魔王で、うまそうと言ったのは白髪の勇者だった。


「今からおまえたちには立派な死神になってもらう為に頑張ってもらう」

「「しにがみ?」」

「そうだ」

「「つよいやつと闘える?」」

「闘う時もあればそうでない時もある」

「「じは強い?」」

「強い」

「「ならなる」」

「ならよろしくな」


 老いた死神は捕縛を解かないまま、二人の手にちょこんと触れた。


(これで少しはおとなしくなればいいが)


 理由があっての闘争か、そうでないのか。

 見極めるのも時間が必要になるだろう。

 予想しては、苦笑いを浮かべた。






「「じ。闘え」」

「その捕縛を解いたらな」

「「おう」」

「あ。その前に美味しいご飯を食べようかなー」

「「食う」」

「よし。さあ食べなさい」

「「あー」」






 のちに最強と謳われるのは、この二人との出会いが原因だと。

 久地楽は、げっそりとした顔で言ったとさ。






「「「よ。まだまだ若いね」」」

「早く年寄り扱いしてくれ」















(2021.5.20)


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