僕がいた世界、君と見た世界。

四月一日 百合子

プロローグー僕が見た世界。

 ガラス越しに映された、雲ひとつない青空。

 僅かに開いた窓から入り込む心地の良い風が、僕の頬を撫でる。


 また、ひと眠りしてしまいそうだ。


 程よく柔らかいベッドの感触が、再び夢の世界へと誘ってくる。

 この誘惑に負け、瞼を閉じると、そう簡単には眠らせて貰えなかった。


「はーい、木下さん。診察の時間ですよ」

 若い看護婦が、カーテンを開けて声を掛けてきた。


「もうひと眠りさせて貰えないのかね?」

 僕が問いかけると、言葉は聞き流されて、担当医師が現れる。


「木下さん。体調はどうですか?」

 医師の問診に僕は、いつも通りの回答をする。


「至って健康そのものだね。青空を眺められるし気分もいい。ただ…外出出来ないのは、寂しいがね」

 冗談を混じえて回答する。

 僕はガラス越しに外の景色を眺める事しか出来ないのだ。


 今年で85歳を迎える…しかし、余生を病院で過ごしたくないというのが本心である。


 病名は…。


 何だっけ?

 ああ…そうだったそうだった。


 忘れた。


 正確には、助からないという事で医師に余命を宣告された。現実に向き合いたくないだけだ。


 十分に生きたさ。

 悔いはない…けど。


 そんなものは建て前で、心残りはある。


 もう一度、君の墓石を拝めないという事だ。


 だから僕は、


 君と見た世界を抱いて逝きたいんだ。







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僕がいた世界、君と見た世界。 四月一日 百合子 @watanuki-yuriko

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