月曜が休みのおでん屋さん
富本アキユ(元Akiyu)
第1話 月曜が休みのおでん屋さん
美容師は安月給だ。重労働低賃金。まして私は美容師の卵。見習いだから更に給料が低く、店の営業時間が終わった後もレッスンが待っているから自由な時間も少ない。今日も辛かった。幼い頃から憧れていた美容師の仕事に就けたけど、もう辞めたい。
そんな時に出会ったのが、あのおでん屋さんだった。レッスンで遅くなった日、お腹が空きすぎて偶然見つけた屋台でおでんを食べた。とても美味しくて優しい味に自然と涙が出た。突然泣きだした私を見て、おでん屋さんのおじさんは驚いた。
「えっ!?お姉さんどうしたの?大丈夫?」
「ごめんなさい……。仕事が辛くて……。また怒られた時の事を思い出しちゃって……」
「そっかそっか。色々あったんだな。おじさんで良ければ話聞くよ。人に話したら少しは気が楽になるよ。無駄に歳だけは食ってるおじさんに話してごらん」
「ぐすんっ……。私、美容師なんですけど、まだ見習いで勉強中の身なんです。仕事は一日中立ちっぱなしだし、店の営業時間が過ぎてもレッスンがあって遅くまでカットの練習をするんです。昔から憧れてた美容師の仕事に就けたけど、この調子だといつスタイリストになれるのか……。思うようにいかなくてもう辞めたいんです……。毎日頑張っても給料だって低いし、休みは月曜日だけだし。もう疲れました……。ぐすんっ……」
黙って話を聞いてくれたおじさんは、口を開いた。
「そっか。お姉さんは、見習いの美容師なのか。そりゃー大変な仕事だな。そうだ。月曜が休みなんだろ?毎週、月曜日においで。うちは月曜日がサービスデーだからな。安くしておくよ」
と言ってくれた。初めて入ったおでん屋さんだったけど、ここのおでんは、凄く美味しかった。また来たいと思った。
月曜日になり、私は再びおでん屋さんを訪れた。
「おっ、いらっしゃい。さあどうぞ。座って。店は月曜日が定休日だから、お姉さん以外の客はいない。何時間でもじっくりお姉さんの愚痴を聞こうじゃないか」
お客さんは誰もいなかった。月曜日がサービスデーだと言っていたけど、実は私が泣いている姿を誰にも見られないようにと、わざわざ定休日である月曜日に来るようにおじさんは言ってくれたのだった。今日は月曜日。休みだから客は、私しか来ない。これはつまり貸し切りって事だ。
「お姉さん一人暮らししてるの?」
「はい」
「そうなんだ。まあゆっくり食べながら話そうよ。はいよ、大根。サービス」
「わあ、美味しそう。ありがとうございます」
私は、よく出汁がしみ込んだ熱々の大根を口の中に入れて食べる。
「美味しい!」
「はは。そりゃよかった。卵も良い味出てるぞ。卵食べるか?」
「はい!頂きます!」
おじさんが卵を皿に入れてくれた。
「美味しい!」
「仕事で嫌な事あった時はな。誰かに愚痴を聞いてもらいながら美味いもんを腹いっぱい食ってよく寝りゃ大抵の事は乗り越えられるんだ。俺はこの商売してて色んな人を見てきたけど、うちに来る客は皆そう言って毎日頑張ってる。嘘だと思うなら他の日に来てごらん。酒に酔っぱらった良い歳したおっさんも上司や部下の愚痴ばかり言ってるよ。お姉さんみたいに自分一人で溜め込んでる人見たら、俺は心配しちまうよ。ほら、牛すじとちくわ。これもサービスしとくよ」
「ありがとうございますっ!」
それから私は、日本酒を注文して飲みながら、おじさんに仕事の愚痴を言いまくった。職場の店長の事からお客さんの事。お酒の力もあって自分の中に溜め込んでいたものが一気に噴き出した。
「ははは。そりゃ真子ちゃんが正しいわな。店長ももう少し考えてくれりゃ良かったのに」
「でしょ!?もうそれで私も仕方ないから我慢してさ……」
気が付けば三時間くらい語っただろうか。
私はひとしきり愚痴を言い終わると、とてもスッキリした気分になった。
「あー、なんだか話したら凄くスッキリしてきた。気分が良くなってきた」
「ははは。なっ?俺の言ったとおりだろう?」
「うん。本当に!明日からまた一週間頑張れそう」
「そりゃよかった」
「ごちそうさま。遅くなっちゃし、私そろそろ帰るね」
「おー、気を付けて帰るんだよ」
あれから私は、このおでん屋さんの常連客になった。
仕事終わりに通う事が多くなった。それが仕事終わりの楽しみになった。
おでん屋さんに通っていると、他のお客さん達とも仲良くなった。
「へぇ、美容師さんか!」
「まだ見習いでカットはさせてもらえないんですけどね」
「じゃあ今度、髪が伸びたら店に行くよ。その時は、俺を練習のつもりで髪切らせてあげるよ。大丈夫。俺なんてどうせほら、ね?こんな顔だから失敗しても一緒。失敗しても怒らないからさ。思いきって髪切らせてもらいな。真子ちゃんを指名するよ」
「ありがとうございます」
仲良くなったお客さんの中の一人が、私に髪を切ってもらいたいと言ってくれるようになった。店長に知り合いが髪を切りに来るから私にカットさせて欲しいと言うと、知り合いならと特別に了承してもらえた。
そして私は、店で美容師として初めてお客さんの髪を切った。今まではシャンプーばかりしていたから、いつもと違ったカットの仕事だったから、かなり緊張して手が震えていたのではないかと思う。途中、何度か自分の手をハサミで切ってしまったけど、痛かったけど何もない振りをしてなんとか乗り切った。
「お、良い感じ。なんか頭がすげぇ軽くなったよ。気に入ったよ。真子ちゃん、ありがとうね」
「ほんと!?」
「うん。ほんと良い感じだよ。また伸びてきたらよろしく頼むね」
「はい!ありがとうございました!」
私はその日、とても嬉しかった。喜んでもらえた。
仕事が終わり、おでん屋さんに行くと髪を切ったお客さんが先に来ていて、他の人に自慢していた。
「真子ちゃんに切ってもらったんだ。良い感じだろ?」
「おー、真子ちゃんやるなぁ」
「俺も真子ちゃんに切ってもらってこようかなぁ」
それから私にカットをお願いしたいというお客さんが増えた。
そのほとんどは、おでん屋さんで仲良くなった男のお客さん達だった。
私は毎日、確実に上達している。
少しずつだけど自信がついてきた。
それから三年が経った。私は美容師を続けている。
おでん屋さんのお客さん達の口コミのおかげで、私を指名してくれるお客さんが増えていった。
客層として女性客が多いうちのサロンだったけど、私はおでん屋さんの男性客達の髪をメインに切っていたので、メンズカットが得意になった。
そのおかげで新規の男性客は、私に回ってくるようになった。
ある時だった。新規の男子高校生がサロンにやってきた。
彼は地味な感じに見えたけど、顔立ちはかなりのイケメンだった。
店長は、当然のように男子高校生を私に回した。
「どんな感じとか希望はありますか?」
「どんな……。うーん……どういうのが良いとかよく分からないんですよ。似合いそうな髪型にお任せします」
「わかりました」
さて……。この高校生は、どういった髪型が似合うだろうか。
「短髪にするとさわやかな感じに仕上げられると思うんですけど、どうですか?この辺をこれくらいまで短くしてワックスを使って毛先を遊ばせてやると、よく似合うと思いますよ」
「では、それでお願いします」
彼は短髪が似合いそうだ。今はあまり似合っていない伸びきった髪だけど、顔も良いし、似合う髪型にすればきっと大変身を遂げるはずだ。女子が放っておかないだろう。
私は彼をモテ男子にする為、張り切ってカットした。
カットが終わった。やはり私の目に狂いはなかった。
伸びきった彼の髪を短髪にすると、さわやかイケメンが完成した。
我ながら良いセンスだと心の中で自画自賛した。
「どうですか?短くしたらさわやかな感じになったと思うけど」
「いいですね、これ!凄く気に入りました!ありがとうございます!」
会計を済ませた男子高校生は、とても満足した様子でサロンを出て行った。
それから一カ月毎に、男子高校生がサロンにやってくるようになった。
彼は本郷君と言い、バスケ部に入っていた。
「本郷君、周りからの評判とかどうかな?」
「凄い評判良いですよ。親にも友達にもよく似合うって言われました。それで学校帰りに駅を歩いてたんですけど、地方雑誌のスタッフに話しかけられて、街のイケメン特集やってるから取材させて欲しいって言われて写真撮られました」
「えっ!?すごい!!」
「それで髪型とかお洒落ですねって言われて、ここの美容室で切ってもらいましたって言ったんですけど……。もしかしたら取材来るかも」
「ええー、すごい!本郷君、ありがとう!」
そしてその一か月後、サロンには、本当に地方雑誌から取材をさせてもらえないかという話が舞い込んできた。
それがきっかけとなり、うちの店には、雑誌を見た多くの男性客が訪れて、私を指名してくれるようになった。とても忙しい毎日を送るようになった。
あれから私は、地元テレビに取り上げられる程のカリスマ美容師になった。
毎日がとても大変だけど、とても充実した毎日を送っている。
だけど今でも週に一度、私は、あのおでん屋さんには通っている。
「真子ちゃんを育てたのは俺なんだぞ!!俺のおかげだ!!」
「違う!!俺のおかげだ!!そうだよね、真子ちゃん!?」
「皆、落ち着いて。皆のおかげだよ」
「がはははは。親父、熱燗くれ!」
「あはははは。私は卵頂戴!」
今日も月曜日が休みのおでん屋さんは、騒がしい。
お客達一人一人にそれぞれの人生があり、その中で悩みや不満がある。
でもそんな事を一時でも忘れさせてくれる店がここにある。
ここは悩める人達の楽園。
月曜が休みのおでん屋さんだ。
月曜が休みのおでん屋さん 富本アキユ(元Akiyu) @book_Akiyu
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