030 第二章 エピローグ

 12月24日――。

 早いもので今年が終わろうとしていた。

 街はクリスマス一色で大賑わいだ。


 この時期の芸能界はピリピリしている。

 明暗がはっきり分かれるからだ。


 年末年始に忙しいのは旬の証と言われている。

 この時期の仕事量は、如実にその年の勢いを表しているのだ。

 芸能人にとって、「あー、年末年始は忙しいなぁ」と言えることほどマウントのとれるものはない。


 俺と雪穂も忙しい側の人間だ。

 新年の特番に出てくれというオファーが全ての局から届いた。

 無人島開拓は年間視聴率ランキング1位で、勢いも衰えていない。

 むしろスペシャル回の後から視聴率が伸びた程だ。


 他のレギュラー番組だって絶好調だ。

 来年からは更に仕事が増える方向で話が進んでいる。

 まさに我が世の春だ。


 にもかかわらず、今日と明日、俺と雪穂は休みだった。

 これは宝くじで1等が当たるレベルの奇跡である。


「せっかくのクリスマスなのに出かけられないのは辛いね」


「仕方ないさ、雪穂は顔が良すぎる」


「ふふふ、ありがと」


 俺達のクリスマスは家で楽しむことに決まっていた。

 雪穂とセットで街に出ると人だかりができてしまうからだ。


 この前、平日だからと油断して外出デートをしたら大変なことになった。

 水族館に行ったのだが、誰もが魚より俺達を見ていたのだ。

 そのせいで、イルカショーの時はイルカが拗ねて芸を止めてしまった。


「これで足りるかな?」


 近くのスーパーで買った食材をキッチンに運ぶ。

 幸か不幸か俺だけだと外を出歩いても騒がれることはなかった。

 そもそも誰も気づかないのだ。オーラがないので。


「十分! よーし、頑張って作るぞー! 今日は私が指揮するからね! ここは無人島じゃないんだから!」


「へいへい、よろしくお願いしやすよ、ボス」


「よろしい! ではこの鶏さんでローストチキンを作りなさい!」


「指示が大雑把すぎるだろ!」


「えへへ」


 雪穂がケーキを作り、俺がローストチキンを作る。

 作業が始まると二人して無言だった。


「大吉君、味見してみて、どうかな?」


 雪穂が右の小指を近づけてくる。

 生クリームらしきものがくっついていた。

 俺はパクッと咥え、口の中で指を舐める。


「何の変哲ももない生クリームの味だな」


「やっぱりそうだよねぇ」


「この生クリーム、手を加えたのか?」


「ううん、ただの生クリームだよ」


「なんじゃそりゃ」


「前からやってみたかったの、味見してーって」


「変な奴だなぁ、雪穂は」


「でもそれが魅力なんですよねー?」


「まぁな」


「よろしい!」


 バカップルここに極まれりといった様子だ。

 それでも作業は順調に進み、料理が完成した。


 ケーキとローストチキン、あと付け合わせのポテト。

 それなりにクリスマスぽい。


「どっちで食べる? ダイニング? リビング?」


「リビングにしよう。テレビも観たいし」


「了解!」


 リビングのローテーブルに料理を運ぶ。

 それからソファに並んで座った。


「クリスマスイブおめでとー、大吉君!」


「雪穂もおめでとう!」


 シャンパングラスに入れた炭酸ジュースで乾杯する。


「大吉君の作ったローストチキン、すごく美味しい!」


「濃いめの味付けにして正解だったぜ」


 しばらく互いの作った料理に舌鼓を打つ。

 テレビをつけると、どの局もクリスマスの話題で持ちきりだった。


「明後日からまた仕事詰めなんだよなぁ」


 テレビを観ていると仕事のことを思い出す。

 雪穂も同じだったようで、彼女はリモコンの入力切換を押した。


 定額制の動画配信サイトが表示される。

 慣れた手つきで操作し、海外の恋愛映画を再生した。


「今日と明日は仕事のことを忘れて二人きりの時間を過ごそ!」


「ああ、そうだな。せっかくだしスマホも切っておこう」


「賛成!」


 サクッとスマホの電源をオフにする。

 我が家に固定電話はないので、これで外部との連絡が遮断された。


「ふぅ、食べた食べたぁ」


「ごちそうさま。俺が片付けるから雪穂は映画を観ておくといい」


「うん! ありがとー!」


「こちらこそいつもありがとうな」


 食器を回収してキッチンに向かう。

 食洗機に放り込み、手を洗った。

 その足でリビングに戻ると、ソファの後ろに立つ。

 何も言わずに雪穂の肩をマッサージする。


「そんなに気にしなくていいのに」


 雪穂が笑う。


「気にするって、何を?」


「クリスマスプレゼントのこと。買う暇が無くて買えなかったんでしょ?」


 俺はマッサージを一時中断した。

 雪穂の耳元で「それはどうかな」と囁く。


「もしかして何かあるの!?」


「ふっふっふ。お姫様は映画に集中していてくださいね」


「やったー!」


 雪穂は膝に手を置き、お行儀良く座っている。


「これが俺からのプレゼントだ」


 ソファの後ろから、スッとアクセサリーをつけてあげる。

 かねてより雪穂の欲しがっていたハートのネックレスだ。


「わわわっ! これ世界に20個しかない限定モデルのやつじゃん! どうやって手に入れたの!? 日本じゃ売ってないでしょ!?」


 雪穂はぴょんと立ち上がり、大興奮で俺を観る。


「父さんに頼んだ。ウチの父さん、実はそこそこ顔が広くてね」


「凄い! うわぁ、凄い! 凄い! これはもう、なんというか、凄い!」


 雪穂の脳内辞書から「凄い」以外の言葉が消えた。


「喜んでもらえたかな?」


「もちろん! こんな素敵なプレゼントを貰えるなんて思ってなかった! 大吉君の存在自体がプレゼントみたいなものなのに……」


「それは言い過ぎだよ」


 俺はソファに座り、「おいで」と雪穂を手招きする。

 彼女は俺の隣に座ると、体を倒し、俺の膝に頭を置いた。


「大吉君、大好き! これからもずっと大好き!」


「ああ、俺も大好きだよ」


 雪穂の頭を撫でる。何度も、何度も。

 長くて艶やかな白銀の髪は、今日もさらさらしている。


 雪穂は「うへへぇ」と嬉しそうに笑った。

 その顔が可愛くて、俺も「へへへ」とニヤけてしまう。


 その日と翌日、俺達はひたすらイチャイチャして過ごした。

 付き合いたてのカップルみたいにイチャつく。

 どれだけベタベタしていても飽きることがなかった。


 そして、26日。


『お願いですからそういう時は先に一声掛けておいてください』


 初っ端からマネージャーに怒られた。

 何も言わずに電源を切っていたので心配させてしまったようだ。

 実は何度か家に訪ねてきていたらしい。

 インターホンの電源をオフにしていたので気づかなかった。


「「ごめんなさい!」」


 二人してマネージャーに電話で謝り、仕事モードに切り替える。

 短い休日はおしまいだ。


「今年も大忙しの年末年始だけど頑張ろうね、大吉君!」


「おうよ! 英気を養ったしがっつり働くぞー!」


 雪穂と二人で家を出る。

 少し歩いたところで、雪穂がこちらに顔を向けた。


「ねぇ大吉君」


「ん?」


 にたぁと気味の悪い笑みを浮かべる雪穂。


「いいでしょー、このネックレス!」


 むふふん、と誇らしげに見せてくる。

 俺がプレゼントしたハートのネックレスを。


「ああ、よく似合ってるよ」


 と答えて、雪穂の頭をワシャワシャ撫でた。

 隙間から差し込んだ陽光が顔に当たったので見上げる。


「今日もいい天気だな」


「だね、すごくいい天気!」


 燦然と輝く太陽は、俺達を祝福していた。

 いつまでも続く、この幸せな生活を――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

幼馴染みに浮気され捨てられた結果、アイドルと付き合うことになった 絢乃 @ayanovel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ