第32話 見つかったもの 後編

 夕日が沈みかけたホテルの広場のベンチに座り、田辺は海を見ていた。

 社長が自殺しているのが見つかった。

 鍋島が自殺するようなタイプに見えなかったとしきりに言っていた。田辺も同じことを考えていた。

 菅田が救急車で運ばれた夜、瀬田は一言も話すことはなかった。瀬田は自分が何も話さなければ倉田のこと以外は何も罪に問われないとでも思っていたのかもしれない。

 吉村に来てもらいすべてを話した後、社長が行きそうなところはないかと聞かれて会社の保養所やいつも利用しているビジネスホテルなどを伝えていた。その一つの駐車場近くの車の中で見つかったようだった。


「何をしているのですか」


 そう言いながら、田辺の隣に鍋島が座った。


「瀬田はすべての責任を社長に押し付けるつもりでいたようです」


 社長の傍に落ちていた遺書には柏木を海に落としたことや、倉田を殺して埋めたことが書かれていたが、倉田の死亡時間に社長は飲みに出かけていたことが警察の調べで判明した。

 河田の供述とも合わせて、まだ、息のあった倉田を殺したのは瀬田だと言うことになった。


「私たちが動くのがもう少し遅かったら、そうなっていた可能性はありますね。間に合ってよかった」


 鍋島も海を見ながら言う。

 瀬田と松川はあの後、黙秘を続けているという。しかし、瀬田も松川も田辺たちが集めた証拠が立証されていく。吉村は必ず自白させると意気込んでいる。


「それぞれに自分の欲望が勝ったと言うことでしょうか。相手の事よりも」

「そうですね。それが行き過ぎて殺人まで犯してしまったのかもしれないが。地位や肩書はそんなに大事なものでしょうか。人の命を犠牲にしてまで」


 田辺は怒りを滲ませた。


「人それぞれだと思いますよ。自分の欲望を満たすためには人を陥れることもいとわない者もいます。その逆も」


 鍋島は目を伏せる。


「不運が重なったと?」

「先程、私も警察で話を聞きました。誰か一人でも違う行動をしていたらまた別の結果になったと思います。柏木も私や田辺さんに話していれば、死ななくてもよかったのかもしれません。後からでは何とでも言えます」

「仕方のないことだと言うことでしょうか」

「なるべくして、なったと言うことでしょう」

「なるべくしてか……」

「社長は解任されたそうですね」


 一昨日、役員会が開かれて、会長と社長の解任が決まった。

 三上総支配人代理は瀬田が会社の書類を偽装して会社を乗っ取ろうとしていたのを突き止めていて、その書類も押さえていたようだ。

 会長や社長はその事に気がつかず、瀬田に権限を与えていたこと、また、瀬田は会社のお金も使い込んでいたことも調べ上げ、瀬田を訴える準備に入ったと聞かされた。

 会長と社長がともに解任されたことで、三上が会長兼社長に就任することが決まった。それに伴い、ここの総支配人に田辺が決まったことを告げられた。


「田辺総支配人」


 鍋島は揶揄う。


「止めてください。今、その肩書に押しつぶされそうですから」


 三上や柏木のように自分が出来るとは思えない。

 棚ボタのような感じで転がり込んできた総支配人の地位は田辺にとってまだまだ先の話だと思っていた。


「菅田さんが先ほどから心配そうに見ていますよ」


 鍋島の言葉に、田辺は振り返り本館の入り口を見る。本館の明かりに照らされて菅田が見えた。


「周囲には頼りない総支配人と思われているのではないでしょうか」

「社長の口から柏木を海に落としたとでも言わせられたらよかったですか?それはもう、警察の仕事ですよ」


 鍋島の言うことは分かるが、なんとなくこのまま総支配人になっていいのかと思い悩んでいる。


「そう言えば昨日、柏木さんの車の鍵を渡されました。あの日、拾ったのを忘れていたと言って」


 田辺はポケットから総料理長から預かった柏木の車の鍵を渡した。


「車の鍵? 今ですか」


 鍋島の今の気持ちは十分に分かる。田辺も昨日、鍵を渡されてどうして今なのかと思ったほどだ。


「総料理長が鍋島さんを見かけた日、やっぱり何か別のものをみていたのではないでしょうか」


 総料理長は何も見ていないと言っていたが、そう思えなくなっていた。


「社長か瀬田を目撃していたというのですか」

「はっきりと分からないのですが、丁度あのころ、総料理長は突然、新作の料理を考えると言って毎夜遅くまで残っていたのです。その時の行動が怪しくて、私は毎日見張っていたのですが、同じように瀬田も毎日のように総料理長を見張っていたようです。それに社長も時々来ていたようですし」

「総料理長の目的は何だったのでしょうか」

「多分ですが、瀬田と社長を自分に引き付けておくためかと」

「何のために」

「私や鍋島さんに関心が向かないようにするためかと思ったのですが」


 鍋島はまさかと思いながら、手のひらの鍵を見つめる。


「えっ?」


 田辺を見ると鍋島は首を傾げた。

 田辺はなんとなくそう思ったが確証はない。しかし、十年前の料理のメニューのことといい、菅田のことといい何か理由があってもおかしくないと考えた。


「やはり、あの時見ていたのですね。私が柏木を漁港から連れ出すところを」

「そうではないかと思っています。聞いてはいませんが。実は……」


 田辺は十年前の料理のメニューのことを鍋島に話した。


「自分で資料を作っておいて、忘れていたといったのですか?」


 鍋島も同じことを思ったようだ。


「最初に菅田と聞きに行ったときに、メニューを考えたのは自分だが、資料は作っていないと言っていました。それに、昔の料理の資料を河田料理長に貸したと。後で、河田料理長に確認しましたが、確かに資料は借りたが、それは一年以上も前で、既に返却していると言っていました」

「それって、河田料理長が怪しいと言いたかったということですか」

「そうだと思ったのですが、私の思い違いでしょうか。それに、そのメニューを見て、例の扉のことを思い出したのです」


 田辺は自信がなくなってきた。でも、それだと総料理長は初めから殆どのことを知っていたことになる。そんなことがあるのだろうか。

 鍋島はさっきから考え込んでいる。


「柏木のことは見ていたかもしれませんが、河田料理長のことは知っていたのならどうしてもっと早く言ってくれなかったのでしょう」


 鍋島のいうことはもっともだ。確かに河田のことを知っていて、もっと早く知らせてくれていたらと思ってしまう。 

 やはり、河田料理長のことは田辺も考えすぎなのだろうか。


「考えすぎですね」

「しかし、扉のことを思い出させてくれたのはそのメニューですよね」


 鍋島も混乱してきたようだ。


「この間から何度考えても、あの扉を思い出させる為だけに、河田料理長のことを持ち出したりするでしょうか」

「確かに」

「総料理長の行動には謎が多すぎて、私には理解できないことがあります」

「総料理長は何者ですか」


 鍋島が言う。

 田辺も、何者だろうと考えた。


「このホテルの主?」


 田辺が言う。


「夜な夜な、ホテル従業員の行動を監視している主ですか」


 鍋島のおかしな表現に田辺は、少しあたっているかもしれないと思ったが口にするのは止めた。


「そうだ。柏木さんのお別れ会をしたいのですが」


 柏木が亡くなったことを内緒にしていたのと、柏木の両親も状況を考えて葬儀はごくわずかな人数で行ったという。

 落ち着いたら、何かしたいと思っていた。


「やりましょう。企画しますよ」


 鍋島が嬉しそうに言う。


「みんな別れをしていないから。よろしくお願いします」


 田辺が柏木に出来ることはこんなことくらいしかない。柏木が喜んでくれるといいと思った。


「そう言えば、イベントの写真とビデオが出来ました。編集をし直していたので遅くなりましたが、確認していただけますか。田辺総支配人」

「分かりました」


 何となく照れくささを覚えながら、返事をする。

 田辺は総支配人と呼ばれことになれるのはもうしばらくかかると思った。いつか、柏木に追いつけたと思えた頃、総支配人と呼ばれることに違和感なく返事が出来るだろうかと。その前に、心配そうに先ほどから見ている菅田を安心させないといけないと思った。

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昇りつめたいもの 橘 葵 @aoide

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