第31話 見つかったもの 中編
「倉田さんはどこまで調べていたのですか?」
鍋島の問いかけに田辺は答える。
「木内副料理長の書類を偽装したのが河田ということをつきとめていたようです。それで河田は何とか倉田にやめさせようとしたみたいです。それと鍋島さんの想像通り、柏木さんの手掛かりが欲しくて、第一発見者を鍋島さんにしたと松川が言っていました」
「柏木が見つからないことに焦っていたのでしょうね」
「一番焦っていたのは社長だったみたいです。なにせ、自分が海に落としたのに遺体すら上がらないので、柏木が生きていて復讐に来ると怯えていたようです。それで、ホテルに来ることも人に会うことも嫌がっていたようです」
「イベントの取材で会えなかったのはそういう理由でしたか」
「いつもなら表に出たがる人なのに不思議だったのですよ」
「意外と小心者ですね」
「本当です。虚勢を張っていたのでしょうね」
「すべてはきちんと分かって、柏木の汚名が晴れるといいですね」
鍋島が言うと、田辺は柏木の笑顔が浮かんできた。
「本当に。柏木さんは喜んでいるでしょうか」
「あの人は分からないですからね」
鍋島が車を止めた。ここは漁港の駐車場だ。
二人は車を降り、海の見えるところまで歩いて行く。手にした花束を鍋島が海へと投げ、手を合わせた。
柏木はイベントの最終日に息を引きとっていた。
容体が急変したというので鍋島が病院へ駆けつけたが、最後を見取ることは出来なかったという。それまで、鍋島も田辺も柏木が命を狙われる可能性を考えて病院へ行くことを止めていた。
柏木が調べていたのは弥生と渡辺の不正の証拠だった。
あの日、倉田から渡辺が柏木を見張っているらしいと言われた。弥生と渡辺の不正のことを倉田から聞いていて、その証拠を隠されてはと急いで別館へ行き宿泊記録を持ちだして、それを副支配人室の隠し扉にしまったようだ。
その直後、社長と瀬田がやって来て、不正が見つかったと言われ責任を取って自宅待機するようにと言われたそうだ。
田辺が最初に聞いた柏木を解雇したという言葉はあの時点ではまだ、解雇されていなかったことになる。
瀬田が柏木の不正の証拠を用意するまでの間、柏木を自宅待機にしておいて、役員会にかけて正式に解雇したようだった。
柏木は不正を初めから認めてはいなかったのだ。不正を見抜けなかったことでの処分待ちとして自宅待機を言い渡されていたのを、田辺には解雇と伝えていた。
どうりで、社長には珍しく手順を踏んだと思ったが、それしか方法がなかったと言うことだ。
今回の件で明るみになって、柏木の解雇のことは撤回される見通しだと聞いた。柏木自身が調べた物と、田辺たちが集めた証拠で。
柏木は自宅待機中に弥生と渡辺がしていた不正の証拠を集めて、社長を呼び出し、不正は弥生と渡辺がしていたことを話したが、社長は逆切れして柏木を海に突き落としたという。
社長は暗くて、柏木の姿が見えなくなったことで助からないと思ったようだ。柏木との待ち合わせは誰に話していなかったことと、アリバイ工作をして会社を抜け出し、出来るだけ人目につかないところで柏木に会っていたので、社長の目撃情報が出てこなかったという。
「私に声をかけてくれさえしていれば、こんなことにはならなかったのに」
鍋島の後悔の念がここにあるのだと思った。それだからこそ、田辺にここまで協力してくれたのだと。
「柏木さんはなんでも一人で抱えてしまいますから。周りを心配させまいと」
「器用ですからね」
どこか懐かしむように鍋島がいう。
「鍋島さん、いろいろありがとうございます」
田辺は頭を下げた。鍋島は自分がやりたかったことですからと言ってきた。
「この後、どうするのですか」
「ホテルを立て直さないといけませんが、社長が海外に行っているようですから何とも」
「海外逃亡ですか」
「出国した形跡はないと吉村さんから聞きました。どこにいるのでしょうね。都合が悪くなると逃げる人ですから」
「柏木と反対だ」
鍋島が笑った。
「本当ですよ。困ったものです。今回の件も、どこまで関わっているかによって会社としてどうなるかもわかりませんから。それが心配です」
その後、鍋島にホテルまで送ってもらい、本館の響子のところへ行く。
「菅田さんは」
「検査の結果に異状はないが、一週間ほど入院することになった」
「別館は今、誰が」
「今は、鍋島さんの知り合いの方に入ってもらっています」
「明日から別館の担当に戻ってほしい」
「えっ?」
「総支配人代理から正式に話があった」
病院へ行く途中、連絡があった。瀬田が捕まり柏木の前任の総支配人が代理で来てくれることになった。
その総支配人代理の第一声が響子を別館に戻すと言うことだった。田辺からお願いしなければと思っていたが、そんな心配はすぐになくなった。
「本館は?」
「自分が入る。菅田も帰ってくるから大丈夫だ」
「分かりました」
田辺はそのまま、総支配人室へと向かう。多分、もう来ているはずだ。
総支配人を辞めて、本社の役員に就任した人だ。田辺が新人の頃に一緒に仕事をしていて以来、暫く会っていなかった。
そして奥さんは別館の清掃スタッフとして来てもらっていて、情報漏洩を見つけてくれたベテランスタッフだ。早苗の虐めでスタッフが辞めていき、人手が足りなくなったとき、来てくれていた。結婚するまでこのホテルに勤めていたので、フロントにと言ったのだが、断られた。響子のことがあったとき、自ら別館に行くと言ってくれたのも宣子さんだ。
総支配人室のドアをノックする。中から声が聞こえた。懐かしさを覚えながらドアを開ける。
「今、戻りました」
「お帰り。菅田君はどうでしたか」
白髪交じりの髪はきちんと整えられ、スーツ姿は威厳を感じさせる。
田辺の知っている総支配人だった三上がいる。その姿に田辺は心が落ち着くのを感じた。三上に菅田の様子を伝えると三上も安堵した様子を見せた。
「宇佐美君には別館に戻るように言ってもらえましたか」
「はい。しかし、これは総支配人代理からおっしゃっていただいたほうが」
「柏木君がいなくなった後、このホテルを守っていたのは田辺さん、あなたです。宇佐美君を別館に戻すのもあなたの役目だと思います」
田辺はそこまで言ってもらっていいのだろうかと恐縮してしまった。
柏木がいなくなってからやっていた、総支配人の仕事も三上が引き受けてくれるようになったので、ようやく田辺も仕事が終わった後は自宅に帰ることが出来るようになった。
もう自分が何かをすることもないのだと思うと、今までどれだけ気を張りつめていたのか気がつくことが出来た。今は、元の生活がどんなだったのかよく思い出せない。
静かに時間が流れるのを感じながら、田辺は少しずつ以前の生活を取り戻していった。
菅田が退院して職場復帰した日、菅田と響子、総料理長に柏木が亡くなったことを告げた。三人は無言だった。内緒にしていたことを責められるのかと思ったがそれもなかった。
総料理長からはよく頑張ったと声をかけてもらった。それまで張りつめていたものが一気に出てきて涙が止まらなかった。田辺はずっと泣けずにいたのだと初めて気がついた。
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