第三羽

高嶋 耳


 塾の授業が終わり、他校の友達との会話を楽しむ。楽しんでいる、という所がポイントであり、間違ってもナオト君との帰宅デート出来るからと、そわそわしながら待っているように見られてはいけない。あくまで自然に、自然に。クラスが違うので、いつもナオト君が迎えに来てくれる事になっている。授業が終わって約5分経過。もうそろそろだろう。まず「高嶋ー、呼ばれてるぞー」と、声がかかった所で軽く目線を向ける。ナオト君が扉の外でこちらを見ているかどうかを瞬時に判断し、パターンA、見ていた場合。横向きの角度を利用して、散々研究した、最も可愛い角度からの笑顔で手を振る。パターンB、背を向けていた場合、後ろから近づいて、真横からの覗き込み上目遣いでいこう。あるいは背中を突っつくイタズラ系もいいかもしれない。さぁ、どこからでもかかってーー。


「高嶋、もう行けそうか?」


心臓が飛び出そうとはまさにこのことだ。私が作戦確認に気を取られている間に、すぐ隣までナオト君が来てしまっていた。目の前の友達なんか、明らかにナオト君に見惚れちゃってるし!笑顔はなんとかキープしながら、まるで油の切れかかった機械人形のようにぎこちなく振り向く。


「あ、ナオト君、お疲れさま、もう、いけるよー」


何とか言い切り、机の横に掛けてある鞄を持った。横からの視線に気が付いたのか、ナオト君は友達に会釈をしてから先に教室の出口へと歩き出す。


「ミミちゃんの彼氏?カッコイイねぇ~」


「いやいや、幼稚園からの幼馴染なんだ」


友達からの質問にいつもの答えで返し、またね、と挨拶をして教室を後にした。

 

いつもは両親のどちらかに迎えに来てもらっているのだが、私の両親は仕事の都合上、二人とも家にいないことが度々ある。そんな時は今日のように、ナオト君に送ってもらっているという訳だ。塾ではナオト君の不意打ちで情けない所を見られたが、今日の私はこれで終わりではない。昨日トイレで聞いたおまじないを、やってみようと思っている。率直に言えば告白。結局あの女子生徒が誰かは思い出せなかったけど、直後にナオト君のボディタッチもあったし、今日も急な帰宅デートが発生するなど、いい流れが来てる気がする。それに、先ほどの友達を見てもわかるように、ナオト君は凄いモテる。幼馴染なので他の女の子より仲が良い自信はあるが、それでもいつナオト君に彼女が出来るのかはわからない。「家族のような存在で、恋愛対象としては見れない」「一緒にいるのが当たり前、親友のよう」私の大好きな少女漫画シリーズにはそんな指南も描かれており、不安は少しずつ、閉まり切っていない蛇口からポタポタと水滴が落ちるように、私の心に溜まっている。この関係が終わってしまうかもしれないのはとても怖い。だけど、ナオト君なら、付き合えなくても今まで通り接してくれるのではないだろうか。結局甘えてしまっている事実が嫌になるが、これだけは許してほしいと自分に請う。


「あ!今日家の鍵学校に忘れたんだった!」


噓である。ただ時間も時間なので、緊急性のあるものじゃないと明日でいいとなってしまう可能性がある。それは避けたかった。


「ごめん、ナオト君。ちょっとだけ学校寄ってもいい?」


「別に構わないが、この時間学校閉まってるんじゃないか?」


当然そう思う。だがそこは抜かりない。


「今の時期は期末テストの作成で、結構遅くまで残ってる先生多いんだって。だからお願い!このままだと家に入れない……」


少し間があったが、わかった、と、嫌そうな感じは出さずに、あっさり了承してくれた。良心がチクリと痛む。どんな結果であれ、これが終わったら全部謝ろう。そう心に決めて、学校へと歩き出した。


足土 直人


 「……あんた達、こんなとこで何してんの?」


数分前。鍵はきっと美術室にあるというので、職員室で鍵を借りて美術室に向かった。戸締りの確認漏れか、美術室の鍵は開いたままだった。まだ校内に先生達もいるし、俺らが最後閉めれば問題ないだろう。そう軽く考え、引き戸をガラガラと開けた時、カタン、と小さな物音が響いた。鍵が開いていたこともあり、もしかしたら誰かがこの部屋に潜んでいるのではないか。可能性としては高くないだろうが、無いわけじゃない。見えない壁を手探りしながら、急いで部屋の電気を点けた。そこには、身体をのけぞらせながら引きつった表情でこちらを見ている人物が2人。お互いを確認し合い、何秒経っただろうか。最初に沈黙を破ったのが、最初の高嶋の言葉である。


「ビッ……クリしたぁー。ナオトと、高嶋?お前らこそ何してんだ?」


「ちょっと、質問に質問で返さないでくれる?あと”高嶋さん”ね」


この場合、気になるのはお互い様だと言いたいところではあるが、電気も点けずに2人で潜んでいた事を考えると、どう見てもユウキ達の方が怪しい。まぁカケルが居るのを見るに、また怪しい噂話の検証に来た、と言った所だろう。高嶋の冷遇はいつもの事だが、今日は少しおかしい。何か言いたそうに2人を睨み続け、鍵を探そうともしていない。カケルなんて、ユウキの後ろで怯え切ってしまっている。と、そんなカケルが持っている丸い手鏡を見て、今度は信じられないといった表情をあらわにしている。


「え、何よその鏡。ま、まさか手塚君が夏目を誘ったの?」


話は見えてこないが、なにやら大変な事らしい。カケル本人も何のことか分からないようで、そうですけど、と返事はするものの、キョトンとしてしまっている。


「手塚君が夏目をね……。まぁ愛の形は人それぞれだし?私は応援してるわ!」


ウインクしながら親指を立てられ、いよいよ混乱しているカケルを余所に、ユウキが話始める。


「ナオトは大体分かったと思うけど、結構俺ら2人で肝試しやっててさ。今日は久しぶりに誘われたって訳でね。ナオトも誘おうと思ったんだけど、塾あるの思い出してさ」


「そんな……他の人誘おうとするなんて、手塚君が可哀そうじゃない!」


さっきから高嶋は何を言っているのだろうか。


「なるほどな。俺たちは塾の帰りで、高嶋が家の鍵を忘れたからと探しに来たところだ。下に先生方もいるし、騒いで見つかるようなことはするなよ」


さて、後は鍵が見つかれば良いのだがーー。


「あ!ユウキ!もうすぐ10時です!」


突然のカケルの大声に、他3人の動きが止まる。夏目は腕を掴れ、今日俺が告白された時に立っていた場所まで引っ張られていた。


「ナオトと高嶋さんには申し訳ないですが、時間になってしまったので始めます!」


半分叫ぶ様に言い放ち、持っていた手鏡を目の前の巨大な鏡にかざした。

覚えているのはここまで。急に世界から光が消えたように真っ暗になり、俺の意識はそこで途切れた。

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檻紙 ~烏羽色の千羽鶴~ 時宏 @tokihiro

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