第二羽

足土 直人


 「ず、ずっと好きでした!もしよければ、付き合ってください!」


誰もいない美術室。この巨大な鏡の前で告白されるのも、今回で8回目になる。この美術室に恋愛成就のご利益があるのかわからないが、部活前のこの時間にグラウンドから最も遠い場所へ呼び出されるのは面倒極まりない。そう感じてしまうのは、この度重なる告白が彼女達にとってのエンターテイメントになっている事を知っているからだ。振られることを前提に、度胸試しなんて言う奴、慰め会と称した騒ぐための口実が欲しい奴、好きなタイプに探りを入れて、本命の友達に繋ごうとする奴、果ては本命に告白する前に、験担ぎで告白してくるようなどうしようもない奴もいた。最初こそ断ることに多少の罪悪感は持ち合わせていたが、学校のウワサや都市伝説好きの友人に事の真相を言われた時には溜息が出た。改めて目の前の女子生徒を見る。違うクラスの知らない名前の手紙で呼び出され、こうして顔を合わせても一切ピンとこない。話したことがないとは言い切れないが、好きになってもらう程コミュニケーションをとった覚えもない。何故好きになったのかなんて、聞くつもりもないのだが。真っ赤になった顔を少し下げ、両手を前に組み落ち着かなそうにしているのを見ると、俺の返事に期待してるようにも見えるし、怖がっているようにも見える。これだけ見ると、あるいは本当に自分を好いてくれているのではないか、という気にもなるが、それも一瞬。数秒考えれば、今までの経験、それによって自分がどんな気持ちになったのかを思い出すことができる。


「悪い。今は部活に集中したくて、誰とも付き合う気はないんだ」


これでいい。余計なことを言うと、またどこで誰にウワサされるかわかったもんじゃない。仮に、好きな人がいるので、なんて言おうものなら、今度はその人物探しゲームが始まるだろう。下手したら、俺と話をしているだけでその相手が後ろ指を刺されてしまうかもしれない。そうなっては俺だけの迷惑ではなくなってしまう。まぁ、これをあと数回でも繰り返せば、そのうち飽きられるだろう。


「……そ、っか。うん、聞いてくれて、ありがとね」


言い終わる前に俺の横を走り去った彼女の言葉は震えていた。割り切っていたつもりでも、やはり後味は悪い。ふぅ、と1つ溜息をつき、美術室を後にする。早く部活に行って走りたい。下駄箱で靴を履き替えグラウンドに向かおうとすると、パタパタと鳴らしながら高嶋が駆け寄ってきた。


「ナオト君!塾の帰りなんだけど、今日親がどっちも仕事で遅くなるみたいで、それで……」


「ああ、じゃあ今日も家まで送ろう。終わったらそっちの教室行くよ」


「ありがとう!じゃあ、部活、がんばってね!」


笑顔で体育館方面に走る彼女を見て、自分に喝を入れる。よし、頑張ろう。



夏目 勇気


 疲れた。本当に疲れた。夕日と夜の入り混じる雲を、ただ無心で眺めながら歩く。


『どうした、キャプテン。もうへばったか?まだ走れるだろう』


今日の部活中、締めのダッシュ20本の20本目にナオトに煽られた。今考えれば安い挑発だし、なんで今日そんなやる気あるの?と思わずにはいられない。その時は俺もアドレナリンが出まくってたもんで、まんまと10本追加で走ってしまった。おかげで、今日の肝試しに誘うのも忘れて家路についている。SNSで連絡は取れるし、一応誘ってみるか。スマートフォンを取り出し、慣れない手つきでメッセージを書く。


「えっと……きょ、う、の、10、じ、に……あ、そうか、アイツ今日塾だったっけ」


隙あらば遊びに誘っているので、ナオトの都合の悪い曜日は覚えてしまった。俺と同じだけ運動しるってのに、加えて勉強とは恐れ入る。書きかけのメッセージを消して、信号を待った。

 肝試しと言えば、何を持っていくことが正解なのか。これから紹介するのは、長年のカケルとの付き合いで導き出された、俺なりの基本セットだ。まずは懐中電灯、これが無ければ始まらない。ヘッドライトは両手が使えるが、いざという時灯りを消すのに手間取るので、ハンドタイプが望ましい。次に塩。これは気持ちの問題だが、持っていると心霊スポット特有の嫌な感じが軽減される気がする。そして大事なのが、水。飲み水として飲んでも良いが、あまりおススメはしない。過去に、急に生臭くなったり、鉄錆の味がしたり、10数本の長い髪の毛が混入したこともあった。言わば、危険探知機である。肝試しにいい思い出がないのは、誰かに怒られたり迷子になったりだけではない。カケルはこのことを知らないが、変に興奮されても困るので、今後も話すつもりはない。危なそうな時に、なんらかの理由をつけて帰らせるだけだ。


「服は……まぁ私服でいいか。よし、準備も大丈夫だな。念のためカケルに確認しとくか」


ベッドの上のスマートフォンを手にとり、カケルに電話をかけた。



手塚 翔


 興奮で顔が紅潮し、背筋がゾクゾクする。この瞬間がたまらない。旅行は現地に着くまでが一番楽しいとはよく言うが、肝試しにも全く同じ事が言えるだろう。毎度興味を惹かれるものや、信憑性の高そうな話を元に肝試しに行ってはみるものの、そのような心霊体験が出来た事がない。正直、僕には霊感など全くないのではと諦めかけていた。しかし、昨日の夕日に照らされたあの教室は、まさしく僕の求めていた聖域だったのだ。生憎と現実に戻されてから気が付いたので、今となってはその場の空気をなんとか思い出す事しか出来ない。やるせない気持ちがこみ上げるが、それでも僕は興奮による笑みを抑えることが出来ない。机の上に向き直り、今回の主役である一枚の折り紙に目を向ける。これを見るたび、先ほどまでのやるせなさが霧散し、とても晴れやかな気分になれる。あの時折り鶴をポケットに入れた自分を褒めてやりたい。夜の準備などは早々に終わらせ、ポラロイドカメラを入念にチェックする。


「フィルムは……と。うん、いっぱいあるな。最近全然使ってなかったし、一枚撮っておこう」


パシャ。何気なく、閉じた部屋の扉に向けてシャッターを切る。小さな機械音と共に、やや長方形のフィルムが出てくる。今は真っ黒だが、そのうち現像されてくることだろう。数分でもジッとしていられず、今のうちにトイレに行っておこうと立ち上がったタイミングに、着信音が部屋に響いた。”ゆうき”。スマートフォンに写された名前を見て、応答する。


「もしもし、どうかしましたか?」


違和感は、すぐに感じた。ザラザラとしたノイズの中に、かすかに人の声のような音が聞こえる。


「……こに……は、……けない……カガミを……せ」


耳鳴りがひどく、訳もなく動悸が早まる。ユウキと通話をしているはずだが、声だけでは誰だか分からない程ノイズがかっていた。


「ユウキ?どうしました?何かあったんですか?」


電波の問題かと大きめの声で話すも返事はなく、間もなく通話は切れてしまった。通話が終わると同時に耳鳴りは収まり、動悸も落ち着いてきた。今の電話はなんだったんだろう。履歴から電話をかけなおそうと操作を始めた時、二回目の着信が鳴った。”夏目 勇気”。


「もしもし、ユウキ?すいません、電話切れてしまって。さっき、なんて言ってたんですか?」


スピーカーを耳に当てても先ほどのようなノイズは無く、いつものユウキの声ですぐに返事が来た。


「さっき?俺、今日初めてカケルに電話してるんだけど」


頭の中が疑問符で埋め尽くされる。確かに今、ユウキからの着信を取ったはずだけど……。ふと、この感じはあの日の出来事によく似ていることに気が付き、鳥肌が立つ。言葉を失っている僕を特に気にする事もなく、ユウキは笑いながら言葉を続けた。


「また寝ぼけてんのか?……そんな大した用じゃないけど、今日何か特別持っていくものあんのかなって」


「あ、あぁ。大丈夫ですよ。鏡は僕が持っていきますので。それより、今回は10分前到着厳守でお願いしますよ?」


折り紙に10時と書いてあれば、やはり0分ジャストを狙いたい。ユウキは普段遅刻はしないが、念には念を、だ。


「了解、んじゃあ後でな」


軽い返事をして、通話を終える。これから体験出来るであろう素晴らしい出来事に思いを馳せながら、先ほど試写した写真を見る。


「……やっぱり今日は、最高の一日だ!」


小さめのリュックに、急いで荷物を詰め込む。丸い手鏡と、折り紙。そして、半開きのドアからこちらを覗く誰かが写った、写真が1枚。

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