檻紙 ~烏羽色の千羽鶴~
時宏
第一羽
手塚 翔
何度思い返しても、胡散臭い出来事だ。昼休み明けの体育から戻り、次の時限の数1を受ける中、いつもより強烈に感じる西日に思わず目を瞑ってしまう。そして、ここで記憶が途切れる。再び目を明ける頃には、夕日で燃えるように明るい教室に僕だけただ一人。むくりと頭を上げ、辺りを見渡す。18時20分。時刻は下校時刻に差し迫っており、慌てて帰り支度をする。
「ユウキのやつ、起こしてくれてもいいじゃないですか……」
友達に対しぶつくさ文句を言いながら、乱暴に机の中の教科書を鞄に詰め込む。と、教科書をだした拍子に、中から一羽の折り鶴がポロリと落ちたことに気づく。自分で折った覚えも無ければ貰った覚えもない。イタズラだ、と普段なら気にも留めないが、どうやら様子がおかしい。折り鶴と言えば、何かしら一色であるのが普通に思う。しかしこの鶴は、白紙にぐにゃぐにゃとした模様。不思議に思い拾い上げると、その模様だと思ったものは文字であることに気が付いた。折り鶴になっているので全てを読むことは出来ないが、広げれば読めるのではないだろうか。一気に興味を掻き立てられ、急いで広げようとした所でチャイムが鳴る。とりあえず帰らなければ。
折り鶴を制服のポケットにしまい、教室のドアを開ける。
「カケル!」
後ろから、僕を呼ぶ声が聞こえた。ユウキの声だ。おかしいと思うより先に、反射的に振り向いてしまう。振り返れば、着席したクラスメイト26人と担任の視線全てが僕に向いている。
「・・・どうしたぁ手塚、急に帰ろうとして。気分でも悪いかぁ?」
担任の大熊先生が目を丸くしている。15時5分。黒板は数式で埋まっており、今が数学の授業中だということがわかる。わかるが理解は出来ない。約5秒程であろうか。何も答えぬまま立ち尽くしている僕を心配してか、ユウキが傍に来た。
「カケル、大丈夫か?マジで体調悪いのか?」
そう言われてようやく喋ることが出来た。
「あ、あぁ、大丈夫です。ちょっと寝ぼけてたみたいで」
クスクスと笑い声が聞こえる。大熊先生も呆れたように、もう座れ、とだけ言い、教科書に視線を落としている。口をついて出た言葉だが、案外本当に寝ぼけていただけかもしれない。
席に戻り、教科書とノートを広げる。遅れている分のノートを必死に書いている最中に、ふと思い出す。あの折り紙って……。まさかと思いながらも、ゆっくりと制服のポケットに手を入れる。そこには、少し雑に折られた小さな紙の触感が確かにあった。まったく、何度思い返しても、胡散臭い出来事だ。
夏目 勇気
部活の朝練を終えて、ホームルームまでの時間を教室でダラダラと過ごしている。一旦身体を動かせば目は冴えるので、読書したり宿題したり、スマートフォンを眺めたり。朝早くに学校に来るのは面倒くさいが、好きなサッカーをした後のこの時間は、なかなか気に入っている。
今日は特に何もする気にならず、頬杖ついて机の傷を数えていた。まだ人数も少ないので、周りの音もよく聞こえる。同じように早く来て読書をしている人の、ページをめくる音。宿題を写すのに必死な走り書きの音。そして、上履きを鳴らしながら廊下を走る音。その足音は教室に駆け込み、一直線に俺の前まで来てピタリと止まった。
「お、カケル。おはよ、今日は早いじゃん」
頬杖ついたまま顔を上げると、よく知る友達の顔がある。いつもホームルームギリギリに登校するような彼にしては珍しく、まだ15分前である。軽く息を切らせ、額には汗が滲んでいるのを見るに、どうやら急いで来たようだ。
「ユウキ、肝試し行きませんか?」
挨拶もそっちのけに、いきなりの提案である。暖かくなってきたとは言え、まだ梅雨が明けたばかりの6月後半。しかし、夏休みの予定の提案、というわけでもなさそうだ。圧に押されて思わず顔を上げる。カケルは俺の返事を待たずに、ポケットから何やらメモ紙の様なものを取り出した。折り目がいくつもありかさばってはいるが、四つ折りにされたそれが何かはすぐに分かる。青い折り紙だ。
「まぁまぁまぁ、これを見てくださいよ」
ニヤニヤしながら、開いた折り紙の裏面を差し出してくる。
『夜十じ むかい合わせ オオワシのマド』
なんとも読みにくい文字である。すぐに掠れる筆のようなもので書かれたのか、何度も線を途中からなぞるようにして成り立っている。眉間にシワを寄せながら、たどたどしく声に出して読むが、さっぱり意味が分からない。
「・・・なんだこれ、これが何か肝試しに関係あるのか?」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、カケルは昨日あった出来事を事細かに説明してくれた。確かに昨日は急に帰ろうとしていたし、様子がおかしいとは思っていた。なるほど、その話が本当なら面食らってもおかしくはない。で、今見せられているのが件の折り鶴というわけか。
「なるほどなー。まぁ経緯はわかったけどよ、メモの意味が全然わからないぞ。ええと、夜十時、これはわかる。問題は、向かい合わせとオオワシのマドか。オオワシのマドという窓を隔てて、俺らが向かい合う……とか?」
我ながら安直すぎる推理だが、他にヒントがない以上しょうがない。そんな答えを予想していたかのように、カケルはフフフと小さく笑い、右手中指で眼鏡をクイと上げる。
「夏目君、キミはどうやらこの学校の事をあまりよく知らないみたいですねぇ」
折り紙を渡された時から思っていたが、今日のコイツ、面倒くさいな。そして、この面倒くささには身に覚えがある。度々このテンションで肝試しに連れていかれるが、良いことがあった試しがない。墓地に行けば住職に怒られた挙句親を呼ばれ、山に行けば迷子になり、震えながら一晩明かした事もある。良いことがないのが分かっているなら行かなければ良いじゃないかって?そんなことすれば、カケルは永遠に駄々をこね続ける。なので、このイベントはもう台風のようなものだと諦めがついてしまった。そんな俺の憂いとは裏腹に、カケルの言葉は嬉々として続く。
「ここ、私立燕ケ原高等学校に入学して早2ヵ月半!僕はライフワークである、学校にまつわる怪談話や歴史なんかを蒐集していましてね。だから僕はこのメモを見た瞬間に、ピンときてしまったわけですよ!いいですか、美術室に飾られた大きな一枚鏡がありますよね?アレこそが”大鷲の窓”!大きすぎてみんな気にも止めてないでしょうけど、アレはここの卒業生が巨大な鏡に額装を施した、1つの作品なんです!」
確かに思い返せば、そんな鏡があったような気もする。じゃあその鏡の前で俺らが向かい合えば良いのか?そんな俺の考えを見越してか、信じられないといった風に、
「合わせ鏡ですよ!鏡、向かい合わせときたらそれしかないでしょう!……まぁとにかく、何といっても今回は他でもないこの僕の、不思議体験のお墨付き!何もないわけがありません!」
そう熱弁するカケルの目は、熱意と眼鏡のレンズでキラキラ輝いていた。本気とワザと半々の大きな溜息をつく。
「で、いつやるんだ?」
「今夜です!」
だ、そうだ。
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