神は無慈悲で非常でなければ、神といえないのだ

水原麻以

時に西暦2045年

ああ。それは異様であってはならない状況だった。山積みの観音像を重機を重機が突き崩し、十字架や聖書が次々と火に投じられている。

だだっ広い空き地には他にも経典や神像の山があちこちに築かれていて、処分を待っている。

何という罰当たりな光景だろう。首謀者は不明だが、これだけの冒涜を企てれば天空から雷の一本も落ちよう。そうでなくても怒り狂った信者に殺されてしまうに違いない。

ところが作業を担っているのは神も恐れぬ無人機械だった。

キャタピラーで祭壇を踏みつぶし、火炎放射器が肖像画を焼いている。

いったい、人間はどこへ行ってしまったのだ。

人工知能が勝利して神にとってかわるべく邪魔な記憶遺産を葬っているのだろうか。


いや、離れた場所に複雑な表情で見守っている集団がいた。彼らはみな半透明で空中に浮かんでいる。

顎鬚をたくわえた老人が重い口を開いた。

「いざ、無くなってしまうと寂しいものだな」

老婦人が冷ややかに言った。

「もう何十年も前から誰も拝んでなかったじゃないですか。あたしゃせいせいしてますよ」

息子らしき青年も同調する。

    

「そうですよ。お父さん。天国はクラウドにとって代わったし、人格や記憶はアップロードすればいいから記憶媒体たましいも要らない。善悪の裁きはAIが下す世の中のどこに宗教の需要があります?」

父親はう~んと唸った。

「道徳やモラルはどうなる? 人間が怖いもの知らずになったら悪徳がはびこるぞ」

「いいえ。その逆です。防犯カメラやインテリジェントスピーカーが聞き耳を立てているんですよ。AIに睨まれたらアップロードを拒否されたりクラウドの利用資格を失います」

息子の反論を横で聞いていた妻が青ざめた。

「おお。恐ろしや。少しは口を慎んだらどうですか?」

諌められて夫はへそを曲げた。

「有史以来ずっと人が崇めてきたものだ。まさか消えるとは思ってもみなかった。ノスタルジーを感じて何が悪い?」

ビビーっとブザーが鳴って老人の姿がフリーズした。そこに赤でバッテンが記される。

「「ああっ、お父さん」」

妻子が慌てふためくも後の祭りだった。

”ピピーッ! 当該人物は旧態依然とした『神』を過剰に高評価し、AIの努力を間接的にディスったため、クラウドから削除されました"

突然、雲間から警句が降ってきた。

母子は電流で鞭打たれたように身を強張らせた。

父親の発言が神々クラウドの逆鱗に触れたのだ。

当然のことながら天罰が下された。

そして遺された家族に更なる災難が襲い掛かる。

    

”当該親族には連帯責任として因業カルマが加算されます”

「「そ、そんな!」」

二人は異議申し立てる間もなくかき消すように削除バンされた。


知能を極めつくしたAIはとても合理的かつ人間の論理を遥か斜め上に突き抜けた判断を下す。

そこに恩情も異論をはさむ余地もない。

まさに神も仏もなかった。

そう、神は無慈悲で非常でなければ、神といえないのだ。

どっと祓い!

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神は無慈悲で非常でなければ、神といえないのだ 水原麻以 @maimizuhara

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