夜空燦めくは天翔ける龍星・6


「さぁ、ここからは僕の時間だ!」


 セイリを中心とした空間が黒い膜に覆われていく。

 雪が吹き、風が乱れ、アストライアに向かって猛烈な寒波を叩きつけるが、セイリにとってはこれ以上ない追い風になる。


氷獄暗夜領域ニブル・ナハト》。

 セイリの持つユニーク装備、《黒氷の魔書レスティア》に宿るユニーク魔法。

 夜にしか発動できず、クールタイムは二十四時間。魔法の効果終了時にMPが0になり、一定時間回復しないという重い制限を課されたこの魔法は、自身の周囲にとある領域を発生させるものだ。


 その効果は二つ。

「範囲内に存在する敵対象に状態異常:凍結を与え、発動中継続ダメージを与える」こと、そして「領域内で発動される氷・闇魔法のクールタイムと消費MPを0にする」という破格の効果。


 正直もうぶっ壊れだ。

 この領域の中にいれば、魔法がMPを気にせず撃ち放題。魔法ビルドのプレイヤーの永遠の課題を一定時間とはいえ完全に克服するというんだ。

 言わずもがな、並列的に魔法を連発できるセイリとの相性は最高である。なにせこんなありえない光景を作り上げられるんだから。


「《鋭利な凍氷刃フローズン・シャープエッジ》《飛来する氷晶針グラス・スピアーズ》《黒闇の蝕牙ダークネス・ファング》《蝕闇の喰壊ヴォイド・エクリプス》《貫く氷晶槍グラス・ペネトランス》《繋ぐ凍氷フローズ・コネクチェイン》《漆黒の大ブラックネス・ラン―》《氷盾アイス・コフ――》《鋭利フロー――》《繋ぐグラ――》《透氷ブル――》―――!!!!」」」


 魔法の発動が次の魔法に追いついていない。

 氷の鎖が発生し、飛ぼうとするときには次の闇の牙が現れ始めている。

 まるで魔法のガトリングのように次々と放たれる氷と闇が、アストライアに纏わりついていく。


 《氷獄暗夜領域ニブル・ナハト》によって強制的に与えられた【凍結】の状態異常に、拘束力とスリップダメージに長けた氷魔法による拘束が。

 MPやクールタイムなど消費コストは高く弾速が遅いものの、高い攻撃力がウリの闇魔法の攻撃が。

 氷によって動きが緩慢になったアストライアをさらに縛り付け、削っていく。


「トリガーハッピーならぬマジックハッピーだな」

「弾でも魔法でも、HP減らせるならなんだっていいよ!」

「違えねぇな!」

「そんじゃあ俺らも働くぞ。せっかく動きが止まったんだ」


 口頭による詠唱、頭での思考、決められた動き

 それらを同時に行って、なおかつそれらの照準を定めアストライアに命中させる。

 セイリがやっているのはそんな絶技だ。食らっているアストライアの体はどんどん氷漬けになってきている。

 機械の体を持っているとはいえ、体の節々からダメージエフェクトが散り、動きが緩慢になっている!

 このチャンスを無駄にしないためにも、魔法の嵐に近づけない近接職二人組に後ろから指示を飛ばしていこう。野次じゃないぞ。指示だ、司令だ。


「セイリが拘束系の魔法で雁字搦めにしてくれてる。次はガオウ、お前だぞ?」

「わぁってら!」


 そう言ってHPを回復し始めるガオウ。

 FGOはターン制バトルじゃない。切り札を4連続で叩きつけたって文句は言われないのだ。

 セイリの次にすぐさま切るのは、ガオウのユニークスキル。そして――


「ユーガ。あたしもやっていいんでしょ?」

「ああ。打ち合わせ通り、ガオウのあとの詰めはソーナだ。思う存分やってやれ」

「オッケー! ……ねえ、ユーガ」

「ん?」


 自分の配置に向かおうとしたソーナが、ふと足を止めて話しかけてくる。


「やっと、全力で使ってあげられる。すごいとこ見せるから、しっかり見ててね!」


 俺のとある考えを感じ取っていたのか。

 ソーナはサムズアップをして、力強く宣言した。


「……おう、期待してる!」


 それなら俺は笑って送り出そう。

 俺の作った剣を片手に駆けるソーナを。


「イチャイチャすんなこのバカップルめ! 終わってからにしやがれ!」

「いいとこ邪魔すんな!」

「戦闘中にそのセリフ返ってくるのか。オレは今の悪くねぇだろ! 爆発しろ!」 


 すでに前に向かったと思っていたガオウが大変失礼なことを言ってきやがった。

 彼女とゲーム中にイチャイチャして何が悪い! ちょっと激戦の途中で通じ合っただけじゃないか!


「ちくしょう……この理不尽も全部アイツにぶつけてやらァ!!」


 吠えたガオウは、相棒を担ぐように振りかぶった。


「さァ夜だぞ、照らせ……黒熊の月剣ツキワリ!!!」


 緩やかな曲線を描く、黒い大剣。

 肉厚な黒い刀身が、ほのかに輝きを放ち始める。


* * * * *


 ガオウの倒したユニークモンスターは、月夜の森に出現する巨大な熊だった。

 巨大とはいっても山みたいにデカいわけではなく、あくまで現実基準の数メートルサイズだったが。

 だが、かの熊公はそんな矮小(FGO基準)な体躯であっても、原住民であるNPCや数多のプレイヤーをなぎ倒し、「倒せない」と謡われるユニークモンスター足りえた。

 それはなぜか。


 単純だ。ただ単に硬く、そして強かった。

 腕の一振りが直撃するだけで、当時トッププレイヤーとされていたやつらがポリゴンになって散っていった。

 攻撃をしても分厚い毛皮と硬い筋肉に阻まれ、カウンターの一振りで死亡デスしていった。


 ガオウはそんな熊を相手に、最小限の動きと武器や盾での防御で守っていなして、一晩中戦い続けてその果てに勝利をもぎ取った。

 そして、三日月の印を体に刻んだ黒熊を超えた勝者に贈られたのは、かの巨腕の一撃の模倣。

 剣という、戦うすべを持たない人間に後付けされた爪での、黒い熊――『三日月みかづき黒熊こくゆう・ラード』の体現だ。


* * * * *


「《剣豪闘覇》、《血戦暴血》」


 ガオウは振りかぶった黒熊の月剣を横薙ぎに振りぬいた。

 アストライアから10メートル近く離れたところでだ。当然、攻撃は空を切る。

 ガオウはお構いなしに、軸足を中心に回転し体勢を整え、もう一度同じように空を切った。


「《繋ぐ凍氷フローズ・コネクチェイン》! 《飛来する氷晶針グラス・スピアーズ》ッ、《黒闇の蝕牙ダークネス・ファング》!」

「《ハイ・バイタリティ》、《アイスエンチャント》、《超過加速オーバーロード》!」

「《クリティカルライズ》、《トライショット》ォ!」


 ガオウの準備が始まると同時に、そっちに攻撃を向けないように全員で畳みかける。ソーナなんか不得手な防御力バフを積んでまで、セイリが撃つ魔法の嵐の中に突っ込んでいった。


「ヘッショ狙いだから足元狙ってくれ。弾かれたらどこに飛ぶかわかんねぇ!」

「りょーかい! 足首もーらい!」


 ソーナが超加速で足を斬り払って駆け抜けていった。そのあとも往復して斬撃を叩き込んでいる。

 魔法を搔い潜って、避けきれなかったとしても弱い魔法を選んで被弾している。

 そうまでして全員でアストライアを攻めるのは、ガオウの一撃を邪魔させないためだ。

 一番最初のターニングポイントは、いまこの瞬間だからだ。


 これを外したら、まず勝てない。


「頼むよガオウ。僕が足止めしてるんだ、外したら許さない」

「おう……よっ、任せとけ。外すかよこんなデカい的」


 普段パーティを組んでいるセイリが魔法を撃つ傍ら、空中を切り……斬り続けるガオウに言った。

 返ったのは、力強い男の声だ。


 ガオウは回る。大剣は円を描く。

 足りない欠けた三日月が、自身を丸く満たそうとするように。

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ゲーオタアサシン、狙い撃つ〜高校生のゲーマーで殺し屋だけど、彼女と楽しく遊びたい〜 赤月ソラ @akatuki-9r

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