現代中国を舞台にした恋愛小説『红星恋人』。

水原麻以

だから、今夜は帰りたくない


「だから、俺は何度も引き留めたんだ」

張春然はグイっと一気飲みした。ひび割れたテーブルには空き瓶がいくつも転がっている。もっとも、彼の収入では红星二锅头が精いっぱいだ。隣に目を見張るような美人がはべっている。趙飛燕を毛沢東語録の背表紙で2回叩いて引き伸ばしたような顔で、ハゲでチビで不細工な労働者とは釣り合いがとれない。それでも熱心に聞き入っているからには、お値段以上の何かがあるのだろう。

「留守中の家計は自力で何とかするから、貴方は入院を支援してくれるパートナーを探しって!ってたいがいよね」

趙飛燕はぷぅっと頬を膨らませた。

「だよなあ!」

張春然は期待通りのリアクションに満足したようだ。そこで、女の興味を誘う次の一手を繰り出す。

「俺はハタと気がついたんだ。こんな难解之缘を女房に選んだ自分が悪いんだと。すったもんだの離婚騒動のあげく、ようやくわかったんだ」

彼はそこで言葉を区切り、50度のアルコールをあおる。コツ、と

「红星だけが恋人だ」

「あら、もう浮気?」

趙飛燕が絶妙なツッコミを入れると、張春然が大笑いした。


「過去の別れ話をまるでコントの様にいう。そういう所がすき」

彼女はうっとりとし、チビハゲデブにしだれかかる。

「…だから、今夜は帰りたくない」

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