イースターエッグの恋

水原麻以

イースターエッグの恋




「マイルプリント柄、半そでニットの女を探してくれ。

 出来れば交際したい」

すいぶんと率直な願いだ。色々とマッチングしてきたが珍しい性癖である。その紋様を検索してみた所ヒット件数は0。意味不明の要求と解釈し、半袖ニットシャツの好きな候補だけをあげることにした。

容姿や年齢は二の次だという。離婚歴も子供の有無も拘らず。要するに誰でもいいのか。

「そうかそうか、君は優しいねえ」

数日後、苦心惨憺して人数を絞り込んだ。相手にも選ぶ権利がある。そしてアポを取った。

「まあ、彼女は、自分より位が高い男は、お断りだ」

最有力候補は[[rb:島田莉愛 > しまだりあ]]。三十代の看護師でピラティスを習っている。そういう女だ。


「ええ? なんだ。本当に、彼女はありのままの俺を愛してくれているのか?」


男は、彼女の事をベタ惚れし、彼女の事を一途に愛し、棄てられた。

おおむね予想通り。誰でもよいという男ほど簡単に破局する。

この部屋に特別な呪いがかかっているのではないか逆恨みする会員もいるが、迷信だ。

弊社がマッチングないし同棲用に用意したワンルームのひとつであっていわゆる事故物件でもない。

島田莉愛が引き払ったあと男と反省会をした。次の紹介につなげるためだ。

男は、彼女の事をしゃべりながら、彼女と過ごした日々のあの日の事は、忘れたいといった。

そこで私は二人の生活を添削した。男は気づき落涙した。

彼女は、こんなに俺を愛してくれていたのか。

こんなに俺を愛してくれていたのか。

ああ、俺は、彼女にどうかしていたのかもしれない。

俺にはそれを受け止める義務があったのだ。

彼女はまだ、その事について話そうとはしてくれないのだろうか。

そう懇願するので冷却期間を置いて二人を再度マッチングした。。


とうとつに着信音が鳴る。

男は牛丼をよそおう手を止めた。店長の許可を得てバックヤードに戻った。

「ちょっと、あなたにだけちょっと話があるの。少し、お時間いいかな」

「えっ!? ちょっと、俺だけど。どこからかけてるんだ?」

男はスマホを両手で抱える。

「いいえ、いつもどおりうちにいるの。ここが一番おちつく。どこかで会う?w」

「どこか行くってどこに?」

「ああ、このあたりにね」

「この辺?」

「そう、このあたりに」


島田莉愛はふたたび、このワンルームに向かった。ところがインターホンを鳴らしたのは男だ。

「俺、やっぱり止めるっす。逢うの…」

彼は明らかにキョドっていた。

「ここまで来るのに結構骨を折った。お前、それ、大丈夫か? なんでこんな時に彼女を泣かせようとするんだ!」

不甲斐なさについ声を荒げてしまった。

俺はこの時、彼女を探そうとした。

マンションの前まで来た時、男は彼女が本当にあの日を思い出して泣いていたのではないかと心配した。

「いや、彼女はあの日、別れ際のように俺に対して怒っていたではないか」

男は電話口の態度からそう推測した。

「ごめんなさい!」

パタパタと靴を鳴らして莉愛が遅れて来た。そして開口一番「そんな気にしなくて良いよ。そういうのじゃないから」と言った。聞かれていたのだ、ひとりごちを。

男は、心配した。彼女の優しさを。自身の優柔不断を。

「そうか。そうなんだ。悪かったな」

「いいよ、そんな顔しないで。ねえ、あなたはまだ私の事を諦めてないって言うつもり?」

その言葉と同時に、彼女はつぶらな瞳で俺を見上げた。

「えっ あっ いや まだなんだけど・・・」

それを聞いて、彼女は少し寂しげだった。

「そう じゃあ、もう一度私に聞かせて」

彼女はそう言うと、男の目をすっと見据え、手を伸ばした。

その瞬間、男の体がビクリと震えた.

彼女の手は、肩を優しく掴んだ.

じわじわくる温もり。ヒーリングされたように全身が軽くなる。

彼女が顔を、手を下に降ろした.彼女の優しさが嬉しかった.

しかし、彼女の瞳は悲しげで、そこには何ものをも感じなかった.

何だろう 何が起きているんだ.

彼女から感じる気配は、彼女を中心に世界を覆い始めていた.

「ごめんなさい」、そう彼女が言った.

男には、その一言だって聞こえなかった.

「本当は、あなたの事を守りたくて、それは分かるんだけど・・・」

彼女はそっと、目を落とし、こちらを見た.

その顔は、少し笑っていた.

「分かるよ.何だか、君を守りたいという気持ちが頭を流れ続ける。俺はあの時、ここに来たら何もかも君を守れるんだろうか。君は私から逃げるのかな。それではダメなんじゃないか。俺は君がいないとダメなんだよ.今、君が必要なのは」

それにしても、君は何者なんだろう.

彼女もそれ考えていて男は何も答えられなくなっていた.

彼女が、俺を見ている.

それはあの時まで一緒にすごした家族を迎えるような優しい視線だった。

思いの丈が堰を切る。

「何て言ったんですか?」と彼女が言った.

「う う う う う-ん」と男が言った.

「何も答えられない.そう言ったんでしょ」、そう、彼女は言った.

男は、目頭が熱くなっていた.

「お願いします。あなたがここにやって来たと聞いていたので、あなたをお守りしたいと思います」

「う う う-ん う う う う」

「お願いします。あなたがここにやってきて何かをすると知って、私も、何もなかったはずの部屋の物を一つ一つ取って見せていただきたいとあの人に言ったんです」

「参ったな…」

俺は予定外のタイミングで姿をあらわした。

「本当ならリフォーム工事して次へ引き渡す予定だったんだが、何か心に引っかかるものがあってそのままにしておいたんだ、そうしたら…」

俺はタブレット端末で会社のシステムにアクセスした。リフォーム業者の報告ファイルを開く。

「わあっ! やめてくださいよ」

男は急に照れた。そして私のタブレットを奪おうとする。

「イースターエッグなんか隠すぐらいなら、とっとと言っちまえよこの野郎」

俺は柱と壁の隙間や火災報知機の蓋に張り付いた紙片を次から次へと開示した。豆粒の様にびっしりと妻や将来の子供に伝言してある。

「お前、こうなると判ってて私を嵌めたのか?」

ずばり斬り込むと策士はひれ伏した。

「わあっ、ごめんなさい!」

彼女が俺の話を聞いてくれたように、男に抱かれる様をていると、彼女の体が急に軽くなった。

顔も少し笑顔になった。


部屋を引き払った後から今日までの賃料と再々リフォーム工事費はご祝儀として帳消しにしておこう。

末永く幸せに爆発しろよ。


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イースターエッグの恋 水原麻以 @maimizuhara

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