こんないい立地にお菓子の家を建てるなんて!
ちびまるフォイ
食欲の果て
「……なんか甘い匂いがする」
目を開けるとマシュマロのベッドの上に寝ていた。
壁からはクッキーのバターっぽい匂いがする。
冷蔵庫はアメ細工になっている。
「お菓子の家になってる!?」
童話に見たお菓子の家に住むのは物好きな魔女かと思ったが、
まさか自分が意図せず入居者になるとは考えなかった。
外に出てみると、どうやら自分だけでは内容で
どの家もお菓子の家になっていた。
毎日汚水の匂いしか無い町はお菓子の甘い香りで包まれる。
建物はもちろん、道路や電柱、それに車や自転車もお菓子仕立てになっている。
自転車のハンドルをかじってみると、サクサクのクッキー生地の中にチョコが入っていておいしかった。
これまで食べたお菓子とは比べ物にならない。
もう他の食事を取りたくなくなるほど美味しい。
自転車に舌鼓をうっていると電話がなった。
『もしもし山田くんかね』
「はい。社長どうしたんですか」
『実は今日会社のビルが食べられてしまってね。
今日からしばらくは休日を過ごしてくれたまえ』
「えっ」
地上何十階にもおよぶ巨大な高層ビルがお菓子になったら、
あんなに食べごたえのあるものはないだろう。
臨時休暇に嬉しいのと、自分もやばいかもしれないという危機感に駆られる。
「俺の家も食べられるかもしれない……まだローン残ってるのに」
都会の喧騒から逃れるためにしずかな郊外に建てたのが裏目に出て、
ひと目につきにくい場所にあるお菓子の家は絶好の盗み食いスポット。
朝起きたら壁がない、なんてこともありえる。
「これは俺の家なんだ。食われてたまるか!」
家の近くにはたくさんの監視カメラをしかけた。
庭に侵入するものがいたらたちまち警報を鳴らしてくれる。
「これでバッチリだな、うん」
完全な防犯設備を整えたよるのこと。
けたたましい音で目が覚めた。
「な、なんだなんだ」
庭に出てみると侵入者が慌てて引き返す背中が見えた。
こんなに早く自分の家が狙われると思わなかった。
部屋に戻って布団をかぶるとふたたび警報がなった。
「ああ、もううるさいなぁ!」
お菓子の家をかじろうとしたまた別の侵入者が逃げていくのが見えた。
その後もわずかなかわるがわる侵入者がやってきて、とても寝るどころではなかった。
もはやベッドに戻るのすらおっくうになり、玄関の前でストライキのごとく座り込みすることになった。
「なにやってんだろ俺。これじゃ監視カメラ意味ないじゃん……」
毎晩警報鳴ってたらアタマがおかしくなりそう。
なにかほかの方法はないかと考えた。
そこで警報ではなく家の前に看板を立てた。
『このお菓子の家には毒があります! 食べないように!』
絶対に目に付く場所に看板を立てて、
今度はお菓子の家の表面に毒を塗っておいた。
「これでよし。警報も鳴らされないし、食べられることも防げるな」
我ながらいい案を思いついたと、枕を高くして寝る。
今度は警報ではなく人間の叫び声で目が覚めた。
「たかしちゃん! たかしちゃん!!」
慌てて庭に出てみると、子供が仰向けで伸びていた。
「どうしたんですか!?」
「あなたがこの家の人!? あなたが毒を塗ったせいで
たかしちゃんがこんなことになったじゃない!」
「いや毒あるって看板立てていたでしょう」
「そんな話は今してないわ!! あなたが塗った毒のせいで、
たかしちゃんがこんなに可哀想な姿になったって話をしてるの!」
「この毒は一時的なものです。じきに動けるようになりますよ」
「たかしちゃんに後遺症が残ったらどうするの!?
あなたの毒のせいでたかしちゃんの人生に傷がつくのよ!
その責任はどうしてくれるの!!」
「というか、言わせてもらいますけどね。
あなたも親なら看板を見て、子供を食べさせないようにできたんじゃないですか」
「美味しい食べ物が目の前にあって、それを食べることの何が悪いのよ!
あなたが毒を塗らなければみんな幸せになったのよ!」
「そんな無茶苦茶な……。あなたは地面で転んだら、地球を呪うんですか」
「屁理屈いわないで! あなたが毒を塗ったのが全部悪いの!
うちのたかしちゃんのためにあなたを訴えるわ!!
いきましょ! たかしちゃん!!」
「おかしたべたいーー」
まだ毒によるしびれが残る息子は母親に引きずられていった。
これに懲りてくれたかと思ったら
裁判の日取りが決まった後も自分の家を食べようと深夜にこっそりやってきていた。
「こらーー!! 俺の家を食べるんじゃない!」
「あなたこそ、まだ懲りずに毒を塗ったのね!!
これはたかしちゃんに対する傷害事件よ!!」
「おーーかーーしーー」
「お前も少しは懲りてくれよ!」
「うちの子には一度手をつけた食べ物は全部食べなさいと教育してるのよ!!」
たかしちゃんがしびれてノビている姿を見て、
母親はヒステリックにまくしたてる。
叫ぶたびに、母親の首にかかってる高そうなネックレスがちゃらちゃらと音たてる。
「この件も裁判では訴えさせてもらいます。
あなたが何度も何度もたかしちゃんに服毒させたといってやるわ!」
「あんたの息子がウチの家を食べるのが悪いんじゃないか」
「だったらあなたの家を美味しくさせなければいいじゃない!!
美味しそうな見た目をして、誘っているほうが悪いのよ!
たかしちゃんには我慢させずになんでも美味しいものを食べさせてるの!」
「たーーべーーたーーいーー」
「たかしちゃん、お腹へったねぇ。ごめんね。
この物わかりの悪いバカを追い出したら、好きなだけ食べさせてあげるからね」
母親がタクシーを呼びにその場を離れると、俺はたかしに耳打ちした。
「たかし、実はこの家なんかより美味しいものを知ってる?」
「え? 知りたい!」
たかしに教えるとすでに目の色が変わってた。
翌日、裁判所で俺をお菓子の家から追い出す裁判が実施された。
「全員、起立!」
出席した人が立ったが、どういうわけか空席がある。
「おや? 訴えた側の原告がいないようですが、遅刻ですか?」
あれだけ騒いだくせに、裁判には最後まで現れなかった。
裁判は訴えた側が不在を理由に不問とされ、俺の罪もなくなった。
裁判を終えて外に出ると、たかしへ会いにいった。
俺を見つけるなりたかしはプンプンと怒っていた。
「あ、おじさん。ウソ言ったね」
「ウソ?」
「お菓子の家より美味しいって聞いてたのに、
全然お菓子より美味しくなかったよ」
「まあ好みはひとそれぞれだから。全部食べたの?」
「一度手を付けたら全部食べろってママが言っていたもん」
「そうか、それはいい教育をしてくれてたんだな」
たかしの足元には母親のネックレスが落ちていた。
こんないい立地にお菓子の家を建てるなんて! ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます