忘れようとしても思い出せない、私のカラダ

チェシャ猫亭

カラダって何だろう


 私が子供のころ、ミニーちゃんという着せ替え人形が、女子の間で大人気だった。両親に妹、弟と家族人形もあり、ミニーちゃんハウスまで発売されていた。

 姉は、ミニーちゃんと、ボーイフレンドのピーター君と、2体の人形を、持っていた。


 ミニーちゃんはかわいく、ピーター君も少女マンガに出てくる男子みたいで、お似合いのカップルだった。

 私はピーター君が気になって仕方なかった。蝶ネクタイに黒いスーツの正装からカジュアルまで、何着か衣装があったが、私は、どうしても知りたかった。

 ピーター君の、あそこは、どうなっているのだろう?


 姉が外へ遊びに行ってる間に、私はこっそり姉の部屋に入り、ピーター君人形を手にした。胸がどきどきした。

 そっと、そっと、白い下着を下ろしていく。

 私は、あっ、と声をあげそうになった。

 何もない。

 彼の股間は、つるん、としていた。


 どういうこと?

 これじゃ、ミニーちゃんと同じだ。

 私は、ミニーちゃんも裸にし、ピーター君と並べてみた。もちろん股間には何もないが、かすかに胸がふくらみ、ウエストがきゅっと絞られ、いかにも女の子。


 しかし、ピーター君の、この状態は、なんだ。

 男の顔で、男の体格と服装なら男です、ということ?

 子供向けの人形に立派なモノがついていては不都合、と今はわかるのだが。しばらく、胸のもやもやが消えなかった。



 年月が流れた。

 今朝も私は、下着を下げ、そこに何もないことを確認した。ヘアの間に何かが隠れている様子も、なし。

 朝のルーティンワークを終え、下着を元に戻す。

 私の性別は男、ということになっているが、そのシンボルは、完全に消滅している。


 異変が起きたのは、19歳の時だった。

 ある日。そこが、少し小さくなった、ような気がした。

 初めは気のせいだと思った。

 だが、そこは、見るたびに短く小さくなり、やがて子供サイズと化した。袋も明らかに縮んでいた。次第に立って排泄、が難しくなり、小の時も個室を使うように。


 縮小に加速が付き、やがて、そこは体内にめり込むようにして、すっかり姿を消した。兆候があってから消滅までに3か月もかからなかった。


 さすがに茫然となり、あれこれ考えた。

 これが完全形なのだろうか。

 これから、また何か変化があるのかと、しばらくは不安だったが、それ以上のことは、何も起こらずじまい。

 男性のシンボルが姿を消した、それだけだ。


 始めはもちろん、戸惑った。

 どうして、こんなことになったのか。

 何かの病気か、私だけなのか、こうした病気が流行ってるのか。だが、それらしき話は、聞いたことがない。こんなことになって、困る人がいれば、医療機関に相談が寄せられ、報道されるだろう。だが、時間が過ぎても、それらしい報告は皆無だった。


 私と同じことが、他の誰かに起きたことはありうる。が、報告例がないとは、つまり。その人物は困っていない、のではないか、私と同様。だから相談する理由がないし、表にも出てこない。案外、その人も、ナニが消えて、ほっとしていたりして。


 何故、消えたのか。

 必要ないから、それが私の結論。

 不要な器官は退化していく。進化論にかなった考え方だ。

 異変が現れてから終了まで3か月。短すぎるかもしれないが、生まれてからの19年をかけて、徐々にその因子が蓄積されていたのだとしたら。もしくは何代も前からの蓄積が、私の代になって、突如、男性器の消失という形で現れたのだとしたら。


 どちらにせよ、私に、ナニは必要なかった。性欲は弱い方で、たまに欲情に突き上げられたときは自家発電で処理。私には面倒な行為だったのだ。

 恋愛に関しても、さほど異性に興味がなく、さりとて同性にときめくこともなかったので、まったく問題ない。


 あれこれ考え、結局のところ、今のカラダで生きていくことに何の支障もない、という結論に達し、ほっとした。

 私は自由だ。

 そう、これで自由になれたのだ、という歓びが、胸の底からじわじわと涌いてきた。

 私の生活は、シンボルの消滅前と、何も変わらない。これまで通り、ひとりで好きなことをしたり、たまに数少ない友人と会ったり。それで充足しているし、きっと、これからも。



 つるん、のカラダが、私は気に入った。

 あのピーター君と同類になれた気がする。

 彼になったつもりで、おしゃれでもしてみようか。

 思えば、私に足りないのは自己肯定感、自己愛だったのではないか。

 私はスキンケアを始めた。

 脂っぽい肌が、だんだんすっきり、清潔に見えてきた。


 プチ整形でも、してみようかな。

 そんなことも考えるようになった。

 ちょっと手を入れれば、見栄えがよくなるかも。たとえば、この腫れぼったい一重の目を、二重にすれば、目がぱっちりして、ピーター君に近づけるのではないか。


 カラダは、私の意識の器、ただそれだけのモノ。

 長いこと、そう思ってきたが、別の用途があるのかもしれない。

 もうちょっと、心とカラダを大事にしてやろう。

 二重の手術をして、私は、くっきりした目になった。なんだか自信がついて、何かと積極的になり、周囲からは明るくなったと言われ、充実した日々を送れるようになった。


 あれから、早いもので、もう19年になる。ナニが消えたのは19歳の時だから、前のカラダと今のと、ちょうど同じ時間を生きたことになる。来年からは、今のカラダの方が長くなる計算だ。

 これからどのくらい、このカラダと付き合うことになるかは不明だが、私は現状に、何の不満もない。


 前のカラダを忘れよう、と考えたことはないが、特に思い出しもしない。

 あのカラダのことは、遠い霧の彼方。




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忘れようとしても思い出せない、私のカラダ チェシャ猫亭 @bianco3

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