身内に熊本県の妖怪がいます?〔第2話〕ラスト
肥後の絵を描いて欲しいという頼みごとに返答ができないまま、数日間が経過した。
その日は、学校からの帰宅時刻に雨が降った。
校舎のひさしの下で、鉛色の空から降り注ぐ雨粒を眺めているオレの肩を軽く叩く者がいた。
「傘の下に入っていくかい?」
振り返ると唐傘頭の男子生徒が立っていた、オレの友人の傘原だった。
彼は一つ目で舌を出した、妖怪【傘化け】とのハーフだ。
傘原が、舌先をペロペロさせながら言った。
「オレも洋傘は忘れてきたけれど、自前の和傘があるから……開くから途中まで一緒に帰ろう」
オレは前に雨が降った時に、傘原が開いた傘頭の下に入った時のコトを思い出した。
傘の柄が刺さった脳ミソと、神経が繋がった眼球を思い出して顔をしかめる。
「いや、気持ちだけ。ありがたくいただておく」
「そうかぁ、聞いたぞ肥後美海から絵を描いてくれって頼まれたんだってな……このぅ、幸せ者」
傘原は肘でオレをつつく。
「いや、まだ正式に描くって返事したワケじゃ」
「そうなのか? オレに絵を描く才能があったら、即日OKだけれどな。肥後美海の家に行ける機会なんてそうそう無いだろうから……雨も小降りになってきたな、じゃあな」
そう言い残して、傘原は雨の中を走って帰っていった。
頭の和傘を広げずに、濡れて走っていく傘原の姿を。
洋傘を広げて、ステンレス容器に入った豆腐を持って歩く。
妖怪【豆腐小僧】ハーフ女子生徒の、豆腐娘が不思議そうな顔で見ていた。
なかなか止みそうにない雨空を見上げる、オレの服の袖を。
埼玉県の妖怪【袖引き小僧】のクォーター男性体育教師が意味もなく、ツンツンと引っ張るのを感じた。
次の週末──肥後に絵を描く約束をしたオレは、画材道具を持って。
肥後の家に向かった、
途中の道でタイトスカートの下から、歩くたびに熟した柿がコロコロ道に転がり出ている。
妖怪【タンコロリ】のクォーターかハーフらしい女性キャリアウーマンにも遭遇した。
さらに肥後の家に向かう途中の喫茶店には、奈良県の妖怪【
肥後の家に到着したオレは、すぐに屋根裏部屋に案内された。
天窓から外の明かりが取り込める、なかなか快適なスペースだった。
肥後美海が言った。
「あたしの本当の姿を、北斎くんだけに見せるね……学校では恥ずかしくて隠していたんだ」
そう言うと、長い髪の肥後美海は、クチバシがあるウロコが生えた妖怪ハーフの姿へと変貌した。
腰の辺りには、三枚のヒレのようなモノが見えた、天窓から降り注ぐ日の光りを浴びてキラキラと輝く肥後美海が言った。
「あたしの数世代前のおばあちゃんは、熊本県の妖怪【アマビエ】なの……弟は普通の人間だけれど、隔世遺伝とかであたしは、ハーフのアマビエに」
肥後は人魚のハーフじゃなかったが……オレはそれでも描くコトには変わりないと思った。
オレが用意されていたキャンバスの前で、絵を描く準備をしていると。
一人の男性が、屋根裏部屋に続く階段を上がって顔を覗かせて言った。
「おっ、来てくれたか……よろしく頼むよ、わたしは美海の父親だ」
「えっ!?」
父親? 娘がヌードになるのを父親は知っているのか? どういうコトだ?
オレが疑問を感じていると、いきなり肥後の父親は服を脱ぎ出した。
鍛え上げられた筋肉美のマッスルボディ──ボディビルダーのような隆起した肉体。
黒いビキニパンツ一枚になった、肥後の父親がキャンバスの前でマッスルポーズを、あれこれする。
肥後の父親の耳がヒレ耳に変わり、体にウロコが浮かび上がる。
腰には三枚のヒレ……クチバシが伸びて、筋肉アマビエになった肥後の父親がオレに向かって言った。
「どのポーズが描きやすいかな? 君が描きやすいポーズを選んでくれ」
動揺するオレ。
「え────っ!?」
肥後美海が、済まなそうにオレに向かって手を合わせる。
「ごめんなさい、描いてもらいたいのは……お父さんなの、北斎くんの話しをしたら。ぜひ描いてもらいたいって聞かなくて……本当のコトを言ったら、北斎くん引き受けてくれそうになかったから」
オレの口から半分魂が抜けかけた。
(まさか、これから休日のたびに筋肉を誇示する、おっさんを描くのか?)
肥後の父親は、オレの絶望感などお構いなしに次々とポーズを変えて筋肉アピールをする。
「さあ、好きなだけ。わたしの姿を描きなさい……そして、わたしの鍛練された筋肉を見て。みんな幸せになりなさい……わっははは」
オレは、半分魂が抜けた状態で。キャンバスの向こう側にいる筋肉親父の姿を描きはじめた。
~おわり~
身内に熊本県出身の妖怪がいます? 楠本恵士 @67853-_-
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