身内に熊本県出身の妖怪がいます?

楠本恵士

身内に熊本県の妖怪がいます?〔第1話〕

 放課後──美術室でアクリル画を描いていたオレの所に同級生で美少女の、肥後美海ひご みうがやって来て言った。

「北斎くん、美術部部長を見込んでお願いがあるんだけれど」

 オレ──北斎太斗ほくさい たいとは、絵を描きながら、肥後の顔を見る。

「オレ今、富士山の絵を描いているんだけれど」

 肥後が回り込んできて、オレが描いている水彩画を覗き込む。

「富士山赤い? なんか噴煙みたいなの出ていない? 山の横から?」

「想像して描いている、イメージの富士山だから……噴煙が出ているのは宝永の大火口」

「トカゲみたいなのが、富士山の前を横切っているんですけれど?」 

「これはトカゲじゃなくてドラゴン、ファンタジーの想像富士山だから……頼みごとって何?」

「ある人物をモデルにして、アクリル画で人物を描いてもらいたいんだけれど……休日の時でいいから、うちの秘密の屋根裏部屋で……描いてくれたら、それなりのお金で絵は買い取るから」


 オレの筆を動かしていた手がピタッと止まる。

 秘密の屋根裏部屋? 絵のモデル? まさか、ヌード??

 オレは髪の毛が長い、美少女の顔を見た。

(こんな、可愛い子の裸を……屋根裏部屋で二人っきりで?)

 少し唇を尖らせて、肥後が不思議そうな顔で言った。

 唇をすぼめるのは、彼女が時々見せるクセだ。


 オレは肥後美海に訊ねる。

「アクリル絵画でも、完成するまでに時間かかるよ……最初のデッサンでも、数時間は同じポーズをしてもらわないと」

「うん、わかっている……学園祭の時に、北斎くんが描いた先輩の絵を見て……いいなぁと、思って。あの濡れた感じの髪が良かった」

「あぁ、あの絵」

 肥後が言っているのは、文化祭に間に合わせるために先輩の女子生徒──濡葉先輩に頼み込んでモデルになってもらって描いたアクリル画のコトだ。

 描きあがった絵を見た濡葉先輩は、なぜか顔を赤らめて。

「あたし、こんなに濡れてない……よ」

 そう言ったのが印象的だった。

 描いた絵には濡葉先輩の上半身しか描かれていないけれど、実際はモデルになって、椅子に座ってもらっていた時の下半身は蛇身だ。

 この学校には、人間以外に妖怪と人間のハーフやクォーターも学生や教師として在籍している。


 濡葉先輩は、海に現れる妖怪【濡女子ぬれおなご】のハーフ。


 オレの担任の若い女性教師は、京都の妖怪【砂かけババア】のクォーターで、授業中に手から砂を出す──年齢を重ねて老婆になれば、先生もやがて砂かけババアと呼ばれるようになるのか?


 あとは、埼玉県の妖怪【夜道怪やどうかい】のクォーター生徒や。

 宮城県仙台の妖怪【否哉いやや(いやみ)】のクォーター生徒。


 さらには、朝は細身だったのに夕方になると激太りしている、妖怪【寝太り】のハーフ生徒や。

 夏のプール授業で水着に着替えるのを嫌がる、妖怪【尻目】クォーターの下級生の女子生徒もいるし。

 授業中に、こっそりパンを頭の後ろの口で食べている、妖怪【二口女】のハーフ野球部生徒もいる。


 何かの妖怪のハーフか、クォーターらしい肥後が言った。

「じゃあ、うちの屋根裏部屋で絵を描いてもいい気持ちになったら、言ってきて……北斎くんにも都合があるだろうから」

 そう言い残して、肥後美海は部屋から出ていった。


 美海が立っていた場所には、キラキラ光る魚のウロコが落ちていた。

 ウロコを拾い上げて眺めるオレ。

(人魚? のハーフかクォーターかな? いくらなんでも、西洋の海僧侶ってコトはないよな)

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