究極の神対応

水原麻以

ATMに神降臨

「ああ、どうすりゃいいんだよ。これ」

俺は預金残高を見て頭を抱えた。金額の頭に横棒が一本余分についている。

こうなったの理由は自業自得だ。俺はいわゆる自腹レビュー系の動画を配信している。

順調に閲覧数を稼ぎ来月中には収益化できそうだ。

それで閲覧回数やチャンネル登録者を増やしたいばっかりに調子に乗り過ぎた。

「チョーっとよろしいですか?」

トントンと肩を叩かれて俺は現実に復帰した。紅毛碧眼の男性がにこやかに微笑んでいる。ゆったりとした白い布のようなものを首から下にまきつけている

「あー。エクスキューズミー。アイアム、フィニッシュ、スーン」

俺は適当な英語を並べて端末を譲った。

「貴方の母国語でOKですよ」

彼は流ちょうな日本語で返した。

「あ、とにかくすみません。つい感傷に浸ってしまって」

俺は通帳や請求書の束をひっつかんで退散しようとした。

すると、彼は手をひらひらと振った。

「いえいえ。用があるのは貴方の口座です」

「へ?」

「もう一度記帳してみなさい。貴方の悩みを解決してあげましょう」

「はぁ?」

「いいから。私は神です。悪いようにしません」

何言ってんだこいつと思いつつ、俺は言われるままに通帳を突っ込んだ。

    

おかしな奴に絡まれて災難だ。こういう手合いはおとなしく従うに限る。

彼らの目的は承認欲求だ。下手に逆らうからこじれるのだ。満足してやれば解放してくれる。

それに記載事項はない。すぐに吐き出されるはずだ。

ところが、ATMがブゥンと唸り出した。

おいおい、どうなってるよ。

そしてプリンターが激しく歯ぎしりを開始した。

ギャーッ、ガリガリ、ギャギャー。

ペッと通帳が飛び出した。ピロピロ音がしつこく催促している。

俺がそれをひっつかんで半信半疑で開いてみた。

おお、なんということでしょう。

神様名義の入金があり、借金が嘘のように相殺されている。

「こ、これって?」

俺は身に覚えのない振り込みに思い当たる節があった。

そうだ。

こいつはヤバい金だ。

最近では「押し貸し」と言って勝手に送金しておきながら融資と称して法外な金利を要求する悪徳業者がいる。こいつはその手合いに違いない。

「この野郎!」

俺がスマホで通報しようとしたら、着信した。母親の携帯からだ。

「もしもし?」

「ああ、タケシ? お母さんのお金はちゃんと届いているかい?」

俺の母は年金生活者だ。いわゆる略奪婚した挙句の母子家庭で頼れる親族はいない。

家庭内暴力から逃れるために慰謝料も養育費も貰わずじまいのはずだった。

    

俺は折り返し電話するように伝えて一方的に電話を切った。

すぐまた母親から着信した。どうやら本当の仕送りらしい。

「カーチャン。無理しなくてもいいよ」

俺はいさめると、彼女はえっと驚いた。

「おや?言わなかったかい? 投資信託の分配金が入ったって」

「と、投信っていつの間に?」

「いいからつべこべ言わず貰っときな! 特別に贈与税かからないんだから。それともカーチャンに余計な所得税を払わせる気かい?」

うちの母は言い出すと聞かない。俺は黙って有難く頂戴することにした。

「どーでぃすかあ?」

白人男性はドヤ顔で母子の会話を聞いていた。

「はい、どなたか知りませんがありがとうございます」

俺は素直に感謝した。

「まーだ他にお悩みはありませんカアー?」

みょうちきりんなイントネーションで願いをおねだりしてくる。

そういうことならこの際だから甘えてしまおう。

俺は思い切って請求書の束をすべてさらけ出した。

「オオー! ナァーイス! 正直でいいデスね! 後先考えずにポチったというのですね?」

神様は恋人でも愛でるかのように請求書を見ている。

「はい」

「じゃあ、おまけしておきまっショウ!」

ATMが再び通帳に食らいつく。

ガリガリ、ギャーツ。ピロピロリン♪

残高を確認すると五桁はあった。すげえ。

「か、神だ。あざっす」

    

一部始終を見ていた順番待ちの人々からも歓声があがる。

「俺も俺も」

「あたしもあたしも」

「拙者も拙者も」

「小生も小生も」

神様は後続の人々に同じような奇跡を施し始めた。

「信じられない」

「神だ」

「神様仏様ゾロアスター様」

人々は思いつく限りの敬称で彼を崇め奉った。

なかには偽札じゃないでしょうね、と不審がる人もいた。

「マネーロンダリングやハッキングではありませんよ」

神様は丁寧に説明を重ねた。どの送金主も俺の母親のように思いがけぬ臨時収入を得ているようだ。

あまりの騒ぎにパトカーが駆け付けてきた。警官が雪崩れ込んできて神様を押さえつけた。

「偽計業務妨害罪の現行犯で身柄確保する」

「いえいえ、私は神様です。これこの通り」

なんと彼は指一本でATMを金塊に変えてしまった。もちろん筐体だけで、モニター画面など肝心な部分はちゃんと機能している。

警棒やニューナンブ拳銃も金ぴかになった。もちろんパトカーも純金だ。

「はぁ? 何だこりゃ??」

警官はあっけに取られている。数人が応援を呼ぼうとしたが、無線機が金塊に変わり果ててしまった。

「うわははは。私は神です。ふーはっは!」

「「「そうです。貴方様は神様です」」」

    

人々がひれ伏した。俺は折角のチャンスを逃すまいとスマホで実況を始めた。


◇ ◇ ◇ ◇

「東京株式市場は開始から波乱含みの展開です。日経平均は3000円安。一万円の大台をあっという間に割り込みました」

どこかから緊迫したニュースが聞こえてくる。人通りはまばらで歩道に土気色の人々が寝転がっている。

「オーマイガー! どうしてこうなるんですカァ?」

俺がスマホ片手にネタを探しているとボロボロの神様に出会った。何年ぶりだろう。黄ばんで穴だらけの布を纏って、やせ細った足を棒にしている。

あの後、おかげさまで俺は会社を立ち上げた。ハイパーインフレが起きても従業員が餓死しない程度に収益を保っている。世の中が乱れに乱れても、配信ネタには事欠かない。

見かねた俺がパンを渡そうとすると、さっと影がよぎった。黒い鎌を持ったガイコツが神様を連行しようとしている。

「待ってください。彼が何をしたって言うんです。俺や大勢の人を救ってくれたんですよ?」

するとガイコツはおどろおどろしい声で凄んだ。

「フン。恩人だと? 笑わせる」

「えっ、違うんですか?」

「お前はこいつの正体を知ったうえで擁護するのか? なら、共同正犯だ」

もう一人のガイコツが俺の退路を塞ぐ。

    

「えっ、ち、違いますよ。昔の知り合いがいきなりこんな目に遭ってるんで」

俺がしどろもどろに無関係を主張するとガイコツが顎を鳴らした。

「旧知の前で恥をかくのもいいだろう、暴露してやる」

「OH! ヤメテクダサイ」

神様が懇願しているが、ガイコツは容赦なく続けた。

「教えてやろう。こやつは悪魔よ」

「えっ? 神様が悪魔だって?」

「そうだ。こいつは悪魔だ。本来はカモの前で露骨な現世利益を演出して信じ込ませるための能力を悪用した」

「悪用って? 俺は彼の神対応でピンチを脱しました」

「濡れ手で粟を掴めると思ったか? それはお前たち人間どもの魂で支払われるものだ」

そういうことだったのか。それで神の不可解な行動に納得がいく。

「つまり彼は神様を気取りたいために御利益だけをばら撒いた。なるほど。これはいわゆる横領ですね。よくわかりました」

俺はちゃっかりと中二病な神様の末路を生配信している。この瞬間もチャンネル登録数がうなぎのぼりだ。あざっす。

ガイコツが憐れむように告げた。

「馬鹿なことをしたもんだと自分でも思わんか? お前が世界の滅亡を繰り上げたおかげで人間の魂が捕り放題だ。そうでなくとも放っておけば遅かれ早かれ自滅するというのに」

    

容疑者はエリートコースを約束されていたようだ。下積み生活に我慢が出来ず、目前のチャンスを逃した。

「アホですね。って、いま何とおっしゃいました?」

俺は肝心なことを忘れていたようだ。

「言ったろう。世界が亡ぶんだ」

ちょっと待ってくれ。

「俺のチャンネル登録者は? 閲覧数は?」

ガイコツが無慈悲に告げた。

「人を食い物にするからだよ。ざまあみろ」

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究極の神対応 水原麻以 @maimizuhara

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