第5話 その5
わたしがはっとして机から顔を上げると、周囲は血の海だった。
「夢?……でも、これって」
わたしは立ちあがると、周囲を見た。教室中の生徒たちには首から上がなく、席についたまま全員が絶命していた。教壇の脇ではやはり首から上がない、前崎先生と思われるスーツ姿の身体がごろりと横倒しになっていた。
「そう……そういうことなの」
わたしは血みどろの教室で、全てを瞬時に理解した。教室で居眠りを始めたわたしは、悪夢に誘われるまま現実のクラスメートたちを『眠動力』とやらで惨殺してしまったのだ。
わたしはふらふらと廊下に出ると、廊下を歩き始めた。行き先などあるはずもなかったが、このまま誰にも裁かれずに命を絶つのも嫌だった。
廊下の角を曲がった私は、階段の手前に誰かが立っていることに気づいた。
「由利先生……」
どこか楽し気な表情でわたしを待ち構えていたのは、カウンセラーの由利先生だった。
「やはりこうなったわね。辛いでしょうが、気に病むことはないわ。これは力の暴走。あなたが悪いわけじゃない」
「いいえ、わたしは化け物です。みんなを殺しました。あなたが裁かないのなら、わたしがわたしを裁きます」
わたしが言い放つと、由利先生は「あなたにそんな自由はないわ。私と一緒にいらっしゃい。超能力を研究している極秘機関に連れて行ってあげるわ」と言った。
「その必要はありません。だってこんな力、研究したって仕方ないもの」
わたしがそう言った瞬間、由利先生の身体が何かにつき飛ばされたように後ろに飛んだ。
「――あっ!」
由利先生は空中で逆さまになると、そのまま見えない力に運ばれて階段を落ちていった。
※
「――樹里、起きて。なんだか変よ」
わたしを揺すって起こしたのは、真琴だった。
「えっ……」
わたしは机から顔を離すと、あたりを見回した。どうやら教室で居眠りしてしまったらしい。
「変って、どういうこと?」
「なんだか廊下の方が騒がしいの。喧嘩かな」
はっとして廊下の方を向くと、多くの生徒がざわつきながら外に出てゆく様子が見えた。わたしは真琴と共におそるおそる、他のクラスメートの後に続く形で廊下に出た。
「早く、救急車だ!」
遠くの方で先生達が叫ぶ声が聞こえ、わたしは近くの子に「なにがあったの」と尋ねた。
「スクールカウンセラーの先生が、階段から落ちたらしいよ。もしかしたら、やばいかも」
「由利先生が……」
わたしは事態が呑みこめず、呆然とその場に立ち尽くした。やがてどこからともなく救急車のサイレンが聞こえ、わたしは無意識に口の中で「これも夢なの……?」と呟いた。
※
「最近、なんだか急に居眠りしてしまうんです。それと……」
目の前で口ごもった女子生徒にわたしは「まだ何か、気になることがあるのね」と優しく尋ねた。
「はい、ちょっと信じてもらえないような話なんですけど……夢で私がしたことが、現実になっているみたいなんです」
わたしは胸の内で「やっと現れたわね」とほくそ笑んだ。これで「彼女」がわたしに裁かれたように、今度はわたしを裁く子がやってきた。
「そういう事って、もしかしたらあるのかもしれないわね」
わたしはしたり顔を悟られぬよう、ほんの少しだけ眉をひそめて言った。
「でも心配しないで。そういう研究をしている人たちを、紹介してあげるわ」
「紹介って……あの私、そういう話を聞きたくて来たんじゃないんです。……失礼します」
女子生徒はわたしに対しあからさまに訝る様子を見せると、そのまま部屋を出ていった。
これでいい、とわたしは思った。後は嫉妬と疑心暗鬼が彼女の力を増幅してくれる筈だ。
そして彼女の力と不安がピークに達した時、何かが起きる。その力は同時に、わたしの罪を裁く力でもあるのだ。
わたしはカウンセリングルームを出ると、母校の階段を死刑囚のようにゆっくりと上がっていった。
〈FIN〉
まどろみ 五速 梁 @run_doc
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