第4話 その4
「ふうん、そんなことがあったなんて驚きだな。でも僕のことなら気にしなくていいよ」
わたしの話を聞き終えた倉沢君は、そう言うといつもの人懐っこい笑顔を見せた。
「ありがとう。さすがに念動力とかそういうのは信じてないけど、やっぱり怖いのよ」
「そりゃそうだよね。花瓶が勝手に飛んでくなんて、考えただけで怖すぎるよ」
「じゃあ、日曜日の映画は予定通り、一緒に行ってくれる?」
「もちろん。もし途中で君が眠ったら、ポップコーンが散らばるくらい揺すってやるよ」
「ありがとう。お願いするわ」
わたしがほっと胸をなでおろした時、倉沢君の携帯が鳴った。
「あ、俺。……ああ、どうしたの?……うん、わかった。すぐ行くよ」
倉沢君は急に浮かない顔になると、携帯をバッグにしまった。
「ごめん、急に知り合いから呼びだされた。なんか話があるんだって。悪いけど、続きは明日にして貰えるかな」
「うん、いいよ。じゃあまた明日ね」
わたしはカフェの前で倉沢君と別れると、不安定な気持ちのまま家への道を辿り始めた。
※
「どうしたんだろう、遅いなあ」
日曜日、わたしは倉沢君が時間になっても一向に現れない事に、苛立ちを募らせた。
カフェの席でわたしが反応のないスマホにやきもきしていると、近くの席から女の子同士の会話が耳に飛び込んできた。
「珍しいね、あの前崎先生が、特定の生徒をそんなに褒めるなんて」
「褒めたかどうかはわかんないよ。ただ、私の数学の解答がエレガントだって言ってくれただけ。数学を愛するものとして、才能のある生徒が近くにいることはわくわくするんだって」
会話の内容に興味を引かれたわたしは思わず、声の主を盗み見た。嬉しそうに喋っているのは、同じクラスの
――運動神経がどうのこうのと綺麗ごとを言ったって、結局は気に入った子を褒めるんだわ。
わたしが胸の奥にどす黒い感情を抱きかけた、その時だった。ふいに携帯が鳴り、わたしは不吉な予感が胸に広がるのを感じた。
『ごめん、急用ができて行けなくなった。やっぱりしばらくは身体の調子を見た方がいいんじゃないかな。本当にごめん』
――こんなことがあっていいの?まるで狙ったように嫌なことが重なるなんて、わたしの何がいけなかったんだろう。
わたしは携帯を乱暴にしまうと、席を立った。今日はもう、家に帰って寝てしまおう。もう何が起ころうとそんなの、わたしが知ったことじゃない。
※
「おっ、今日は遅刻者なしか。珍しいな。……どれどれ、あいつもいる、あいつも……夘月もいるな。感心感心」
わたしは上機嫌で出席を取り始めた前崎先生の顔を見て、はっとした。こめかみに絆創膏のような物が貼られていたからだ。
――そう言えば昨日、夢で何かを投げつけたような気もする。
わたしはもう、慄いてはいなかった。むしろそのような異変が起きることを当然とすら感じていた。わたしが冷めた目で担任教師の顔を眺めていると、今度は後ろの方から小声で交わし合う会話が漏れ聞こえてきた。
「それでね、あの子には悪いと思いつつ、一緒に映画行っちゃった」
「えーっ、それって裏切りじゃん。どうしてそんな流れになったの?」
「彼がね、超能力とか気味が悪いっていうから相談に乗ってたの。そしたら気が進まないけど、映画は見たいんだよねって」
「それで横取りしちゃったの?悪い女だね」
わたしは後ろの会話を、最後まで聞いていなかった。
「いいわ、そうやってみんなでわたしのことを、好きなだけ馬鹿にしたらいいんだわ」
わたしが席を立った瞬間、後ろで人間が吹き飛ぶ気配があった。振り向くと、真琴が椅子ごと床に転がっている姿が見えた。私は薄笑いを浮かべながら、前を向いた。
「い、いったいどうしたんだ。何が……」
言い終わらないうちに、今度は前崎先生の身体が目に見えない力で吹き飛ばされ、黒板に激突した。わたしが「自業自得ね」と呟くとどこからか「化け物」と声がした。
「化け物」
「化け物」
「化け物」
気づくとクラスの仲間たちが一斉に、こちらを向いてわたしを罵っていた。
「そうよ化け物よ。……お気に召さない?」
「出て行け」
「出て行け」
「出て行け」
「――そう。それが本音なのね。いいわ、だったらお望みどおりにしてあげるわ。……ただし、出て行くのはあなたたちの方よ」
わたしがそう告げた瞬間、目に見えない力でクラスメートたちの頭部が身体から切り離された。
「……だから言ったのに」
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