第十一話「大聖女、魔物肉を堪能す」

【本文】「大聖女、魔物肉を堪能す」


【前話は……】

 ガラクティカ一行は無事王都に戻るが、トラウマに苛まれたガラクティカは食欲も湧かない。タイトとクリストは討伐の換金にギルドに向かう。



 ◇


 冒険者協会ギルドの車留めに荷馬車を停める。


 建物には室内の明かりがともっていないように見える。よく見ると木戸のすき間から明かりがれている。


 きしむ両開きの扉を押して入ると、奥に見える受付のカウンターには一人座っている。


 夜番に当たっているのは女性だ。


「こんばんは。討伐とうばつした魔物を提出したいのですが、構いませんか?」


 カウンターまで進み討伐後の手続きを告げる。


「こんばんは。はい、受付けていますよ。少しお待ちください」


 受付の女性はそう言うと、奥の衝立ついたての向こうに消える。


「こちらで提出の手続きをお願いします」


 しばらくのあと、いかつい男性と共に戻ってくると、受付のその先のカウンターに私たちを呼ぶ。


 そこで討伐受付を男性にまかせると、彼女は元の受付の席に戻る。


「それで、何を持って来たんだ?」


 紙片を手にして男は羽根ペンをとる。たおした魔物を覚え書きするのだろう。


「犬のような魔物が……」


 そう言いかけて魔物の数どころか、その名前も知らなかった。困ってクリストを見る。


「その……犬の魔物が十八頭と、狼型が十五頭、鹿型が──」


 私の心情を察してクリストが討伐した数を答えてくれる。


 申告された数を聞いて男は紙片に記している。


「待て。たくさんたおしたのは分かった。お前たち、討伐部位も持っていないし、魔法かばんも持っていないようだが?」


 ああ、収納魔法持ちは希少なのを失念していた。


 私たちは、荷袋も魔法鞄も持っていない、ほぼ手ぶらの私たちに多量の討伐数を申告されても不審ふしんに感じるだろう。


 裕福な商人などは商材を持ち運ぶのに魔法鞄を使っていると聞く。


 冒険者でも資金に余裕があれば魔法鞄を用意していても不思議じゃない。


 何でも収納してもらっているクリストがいると、恵まれた状況に慣れすぎてしまって説明するのも忘れてしまう。


「──私は、収納魔法が使えるのです。魔物はそこに入っています」


「なるほど。冒険者垂涎すいぜん能力スキルだな。話の腰を折ってすまない。続けてくれ」


 そう言うと男はまた書付に視線を落とす。


「えっと……鹿型が十一頭、猪型が二頭。全て丸ままでぎ取りなどしていません」


「分かった。すごい量だな。裏の倉庫に出してくれるか? 付いて来てくれ」


「分かりました」


 書付を受付の女性に渡すと男はランタンをげて建物の奥へ進む。


 私たちはその後ろに付いて裏口の扉を抜けると、倉庫であろう建物が見える。


 倉庫の扉を開けて、すぐそばの押釦ボタンを押し込むと壁に掛かった灯り魔道具が灯る。


 倉庫の中には中央の作業台と壁際の作業台があり、壁際の作業台の前まで男が行くとこちらに振り返る。


「ここに犬型と狼型を出してくれ」


「分かりました」


 クリストは返事して作業台に並べて出していく。


 明かりで影になった所をカンテラでかざしながら、男は並んだ魔物を検分していく。


 クリストは、それらをすぐ出し終わったが男の検分は続く。


 私は全く蚊帳かやの外でその作業をながめるしかない。


森凶犬ディングが十八頭、二色狼ローガンが十五頭。確認した。状態は大体いいようだな。今度はこちらに鹿型と猪型を出してくれ」


「はい」


 犬型と狼型の検分を終えると、男は中央の作業台を示して残りの魔物を出すようクリストに指示する。


 犬型は森凶犬ディング、狼型は二色狼ローガンと言うらしい。


 二色狼ローガンは、背中がコゲ茶なのにお腹は白い毛に被われていて、確かに二色と言う特徴を持っている。


 中央の作業台に魔物が出されると、こちらは犬型、狼型よりも丁寧にているようだ。


鎧猪ドゥワース二頭と盾角鹿スタッガーが十一頭だな。それでちょっといいか。この盾角鹿スタッガーの二頭は査定が下がるが、いいか?」


「下がるとは、どう言うことですか?」


「食肉として買い取る場合に高価な可食部位がいたんでいると価値が下がるんだ。約半値になっちまう」


「そんなにですか?」


「それに、その鎧猪ドゥワースは外皮の傷みがそれほどでもなかったんだが、こちらの盾角鹿スタッガーは外皮のみならず可食部位の傷みが激しい。背中からわきの所を執拗しつように刺してるだろう。外皮は防具の素材にもなるから査定はさらに下がる」


 私とクリストは顔を見合せる。


 その魔物はガラクティカ様に押さえてもらいながらクリストと協力してたおした物だ。


「どうする? ガ、ラクティさんは要らないようだったけど」


「食べられるなら持って帰るか──」


「ここを見てくれ。そこがうまい所なんだよ。自家消費には問題ないがな」


「──容量は問題ない。話のネタにいいかも知れない」


「そうだな。それでは査定の低くなった物は持って帰ります。それと鎧猪ドゥワース? の傷んだ一頭も持ち帰ります」


「そうか。森凶犬ディングが一ハ、二色狼ローガンが十五、盾角鹿スタッガーが九、鎧猪ドゥワースが一だ。受付に報告するので報酬ほうしゅうを受け取ってくれ」


「ありがとうございます。クリスト、仕舞しまって」


 男に礼を言いクリストにそう頼むと、男は怪訝けげんな表情を一瞬見せたあと、倉庫を出ていく。


 私たちは男に続いてギルド本館に戻る。


 受付の女性と話した男は倉庫の方へ取って返し、女性は報酬を計算し始めたよう。


 私たちは手持ち無沙汰ぶさたになりフロア横の壁にある掲示板の依頼書をながめて計算が終わるのを待った。


「お待たせしました。あの、ギルド証を提示してもらえますか? あとパーティー名と討伐に当たったメンバーを教えてください」


「そうでした。ギルド証はこれです。メンバーはラクティ、タイト、クリストで、パーティー名は決めていません」


「確認しました。ラクティさんは来られてないんですね。次回にはパーティー名を決めておいてください。討伐素材受領書と買取り計算書、討伐報酬です。ご確認ください」


 そう言って女性は並べられた硬貨と紙片を載せた長方形のお盆トレイを差し出してきた。


「分かりました。ありがとうございます」


 書類を一通り目を通すと受付の女性にお礼を言う。


 女性は一瞬驚いた表情のあと微笑みを浮かべる。そうか、彼女もあの男もお礼を言われなれていないんだな。


 お金をクリストに収納してもらいカウンターを離れた。


「報酬って、どうだったんだ?」


 ギルドの建物から出て荷馬車に向かいながらクリストに話しかける。


「タイト、見てなかったのか?」


「いや、見たよ。でも数字はちょっと苦手で」


「ちょっとじゃないだろ。お前はもっと学ばないと。魔物一頭当たり銀貨、数枚だった。それより買取りがすごかったな」


「ああ、なんか一杯、数が並んでたな」


「……はあ~」


 クリストに盛大なめ息をつかれた。


 だって侍姓じしょうをしていると硬貨の算用などしないんだから仕方ないじゃないか。


 車留めの荷馬車の御者台に腰を下ろすとなずむ街路を聖女宮に帰った。


 また通用口から聖女宮に入り、帰還の挨拶あいさつにガラクティカ様の居室にむかう。


「ガラクティカ様、ただいま戻りました」


「ご苦労さま。それじゃ一緒に夕食を食べようか」


「お待ちいただかなくても、御召おめし上がりくだされば良かったですのに」


「待ってない。タイト……とクリストの顔を見たら食欲が出ただけ」


「そう、です、か……。それでは厨房ちゅうぼうに知らせて参ります」


「お願い」


「あ、私が行く。タイトは討伐の報酬を報告してくれ」


 クリストは売却計算書含むもろもろの書類を私に渡して居室を去った。


「それでは、森凶犬ディングが一ハ頭、二色狼ローガンが十五頭、盾角鹿スタッガーが九頭、鎧猪ドゥワースの一頭を売却。盾角鹿スタッガー二頭、鎧猪ドゥワースの一頭は損傷が酷く持ち帰りました……。受領金額はこちらです」


 金額の報告は計算書をお渡しして誤魔化ごまかした。


「ほう、食肉種はいい額だな。アレを売ったらとんでもなかったかも知れなかったな。売る心算つもりはなかったが」


「アレはその、美味しいのですか?」


 魔物肉についてガラクティカ様と話している内、居室に料理が運ばれて来た。


 その料理にはうわさ山烏賊セルポンダを調理された物が含まれていると言う。


 すぐ料理にしたガラクティカ様の心遣いに感謝して、未知の食材を口にする。


「なんですか、これ。あっさりしていると思ったら噛めばむほど旨味がして美味しいです。こりこりとした歯ごたえも楽しいです」


「そうだろう」


 セルポンダは話通りに格別美味しかった。


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空飛ぶ偽聖女は引退して冒険者でやり直す〈ただし、無許可〉 ペロりねった @Peti_asNNK

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