第十話「大聖女、遠征から帰還する」

【前話は……】

 ガラクティカ一行は魔物討伐を繰り返し一定の成果を得たが、ガラクティカは不満が残ったようだった。



 ◇


「ギリギリ都に入れましたね……」


 日ぼつ閉鎖へいさする街門をすべり込みでくぐる。


 まあ、それは良かったのだけれど門衛もんえいにじっくりと見られて居心地が悪かった。


 ギルド証を示したし手続きに問題ないはずだけど、街に入るのは検査が厳しい。


 きっと聖女一行だとは気付かれていない、と思いたい。


「……目をつけられたかも知れないな」


 もくしていたガラクティカ様が口を開く。


「まさか、大丈夫……でしょう」


「そうだな。これからも出入りするのだし、日によって違う門から出入りしようか? ……」


「出掛けるのは、これからも続けるのですね」


 ガラクティカ様からは、その答えをもらえなかった。


 危険を冒しても討伐とうばつを続けるのは決定事項なのだろう。


 行き交いのまばらな通りを進むと、街角にこちらをうかがう人影がある。


 その人影のところまで近づくと洗浄魔法使いのレオットだった。


「心配しましたよ。無事のお帰りで安心しました」


 どうしてこんな所でと思い聴くと馬車で迎えに来たのだと言う。


「馬車があるのは助かるわ。もう物陰から飛んで行こうかと思ってたから──」


 聖女宮まではかなり歩くので馬車は助かる。


 ガラクティカ様が口数が少なかったのは、やはり疲れておられるからだろう。


「──それで……、どうして荷馬車なの?」


 レオットに連れていかれた裏路地には荷馬車が停められていた。


「この時間に聖女様の馬車は使えません。ちょっと荷物を運ぶと聖女宮を抜け出してきたのですから」


 さあ早く、とレオットは荷台の帆布はんぷをめくって、その下に隠れているように勧める。


「どうされました?」


 私とクリストは納得して潜り込もうとしたが、ガラクティカ様が渋面じゅうめんで動かない。


「その……布の下じゃないとダメ? 荷台に伏せていればいいでしょ」


 ガラクティカ様は狭い所がお嫌いだ。


 しかし、上に何かを被るのも忌避されるまでとは思っていなかった。


 もうすぐ聖女宮の正門も閉まってしまうだろう。通用門なら、まだしばらく無理はく。


 私たちは、ガラクティカ様をなだめすかして、ひとまず荷台に乗せると、荷馬車を急がせた。


 聖女宮に近づくと申し訳に積んでいた荷箱で囲んだ中央にガラクティカ様を横たえる。


 聖女宮まで着くと荷箱ごと帆布を被せて正門の前をやり過ごし裏口に回る。


 そちらには聖騎士は立っておらず侍姓じしょうがいた。


 私たちは速度を落とさず開かれた裏口をくぐる。


「ガラクティカ様、着きましたよ」


 通用門の中も安全と分かると素早く帆布をめくる。


 ガラクティカ様は荷箱の中央で固まっていた。


「お帰りなさいませ。あんまり遅いのでしんぞうが止まるかと思いました」


「まだ安心できません。宮の中へ、早く」


 青褪あおざめて強張こわばるガラクティカ様を支え、聖女宮の中へ運ぶ。


 居室まで運び安楽椅子に座らせると、やっと安堵あんどの息をつく。


 腰を落ち着ける間もなく、食事の準備ができたと給仕が呼びに来て食堂に促される。


 もうこの時間は夕食を済ませている頃合いなので当然だろう。


 食堂に移動すると既にマルタが席に着いている。ガラクティカ様の対面の席だ。


 その姿は、そわそわと少し落ち着きなく緊張しているように見える。


 ガラクティカ様が着席するや、給仕が料理を皿に取り分け食事が始まると、待ってましたとばかりにマルタが猛然もうぜんと食べ始める。


 いたいけな子には食事時間の少しのずれもこたえるのだろう。


 その姿に微笑ほほえましく思いながら、明日からは待たずに一人でも食べられるようガラクティカ様にお願いしておこう。


 対してガラクティカ様は座ったものの食欲がかないご様子。


 スープをすくったスプーンがもたついている。


 仕方ない。もう一度、ガラクティカ様には居室に戻っていただいて、食べられるようになったら改めて食事をご用意しよう。



 残された私たちはマルタの給仕をする者と控え室で食事する侍姓じしょうとに分かれる。


「クリスト、食事はあとにしてギルドに一緒に行ってくれないか?」


 私はあとで食べる方にして、ギルドに行くようクリストを誘う。


 クリストは微笑んで了承してくれる。


 ギルド員はみやこ内で夜に活動している者もいて、基本ギルドに誰かが残っていて夜でも対応してくれると聞いている。


 集めた魔物の死骸しがいを今の内に換金なりしようと思ったからだ。



「ガラクティカ様、集めた魔物を換金しておこうと思います。しばらく冒険者協会ギルドに出掛けて参ります」


 ガラクティカ様の居室にクリストと共に訪れて断りを入れる。


「そう、ギルドね。分かった。アレは出したらダメだからね」


「ああ……アレですか。そうでしたね」


 アレとはセルポンダの事だろう。


「アレは台所の保管庫に入れて置けばいいから。お願い」


「承知いたしました。では、行って参ります」



 夜のとばりが降りようとする中、また荷馬車でギルドへ急ぐ。


 くだんのアレは食物庫に収めてきた。


「なあタイト、今さらだが明日、換金ではダメなのか?」


 全く、今さらだ。しかし無理をしてクリストに付き合ってもらうのだから説明はいるだろう。


「確かにあしたでも良かったと思う。でも明日も遠征するのにせわしないだろう? それに……」


「それに?」


「クリストも収納の容量が厳しいだろう? ガラクティカ様だと朝、換金の事など忘れて都外そとに直行すると思う。早く収納を解放しておいた方が良いと思ってね」


「確かに。でも少し違う」


「……違うって何が?」


「そう慌てて収納の中を放出しなくても、まだ大丈夫なんだ。お預かりしている物は聖女馬車に始まり多岐たきわたる。特に金塊きんかいを含む隠し財産がすごいんだ──」


 クリストの話は、秘密に請けた聖別儀式の報酬ほうしゅうの事だった。


 ガラクティカ様にワイロまがいで多額の報酬を支払う者がいて、聖女宮の金庫には納められずクリストが預かっていると言う。


 金銭事を携わってきたクリストならではの話だ。


 まあ、先々での見返りを期待して、あるいは顔つなぎのための祝儀しゅうぎの意味合いもあるらしいが、所詮は後ろ暗い金なので正当な報酬とは別にしていると言う。


「──まあ、お前が気にかけてくれて有り難いが、いよいよ容量がひっ迫しそうなら自分で処理するから心配はいらないよ」


「そうだったんだ。初めて知ったよ」


「整理する上でも早めに魔物を片付けるのは助かるのでギルドに誘われたのは嬉しい」


 預かっている財がゆくゆくは……と言いかけてクリストは口をつぐむ。


 冒険者協会ギルドが目の前に見えてきていた。

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