海が嫌い

夏伐

海が嫌い

 僕は彼女を思い出す海が嫌いだった。


 前は心地よかった潮風の香りも、今では嫌な記憶をよみがえらせるものだった。


 僕と彼女は近所に住んでいて、親同士が釣りが好きだったということで、幼馴染として仲良く育った。夏になれば、チューペットを食べながら堤防で二人で涼んだり、花火で遊んだりもした。水と火薬を使い切った花火を持って帰る間も、とても幸せだった。


 関係が壊れるのが怖くて、告白も出来なかった。ただ、彼女も同じ気持ちだと信じていた。


 中学生になり、少し彼女との間に距離が出来た。


 僕は空いた時間で釣りに行くようになった。


 夏のある日だ。


 騒がしい学生が海沿いの道を歩いていた。横目でチラリと確認すると、クラスの連中がいた。浮き輪を持ってはしゃいでいる奴もいる。その中に彼女もいた。


 彼女はクラスで人気の男子と手を繋いで歩いていた。


 その様子は本当に幸せそうだった。僕の視線に気づいたのか彼女が振り向いた。目が合う。彼女は、少し狼狽えたようだったが、他の皆に気づかれないように幸せそうな笑顔で僕に手を振った。


 僕も笑顔で手を振った。


 その日、どうやって家に帰ったのか覚えていない。


 彼女とは家が近かったので、顔を合わせることがあったが、もう以前の関係と同じではなかった。せめて友達のままでいられたらよかったのにな、そう思いながら僕は今日も暗い気持ちで海へ行く。

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海が嫌い 夏伐 @brs83875an

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