梅雨と私

神奈川県人

雨の降る日に

 うんざりするほど梅雨の中。

 これほどの雨が降っていたら傘もささずにいることは少ないだろう。


「と、語る男ありけりって言ったところかな」


 傘をささない男が立っているのは信号と車通りの少ない道路。

 黒いセダンが一台、カーブだというのに速度も落とさずに走りぬけて行く

 道路にはタイヤの幅に凹んだ二本の線。幼稚園生ぐらいの面積を誇る水たまりもある。


  ブオーン......バシャーーン


「おいおい、速度出しすぎじゃないか? 濡れなくて良かったよ」


 男は濃いネイビーのスーツに身を包んでいる。柄はシャドーストライプ、ネクタイまで締めたこのセットはサラリーマンが着るものだった。




 ―――三日前


「おい、何度言わせるんだ。優介ゆうすけの教育は任せているだろう! 俺が働いてお前は家のことをやる。たったこれだけのことがなぜできないんだ!」


自分の部屋に逃げ込むように入る。机に飾ってある優介が描いてくれた似顔絵を見つめていた。

 こんなはずじゃなかった。

 結婚してから六年目と時間がたってから子供ができ、今年から幼稚園に通っている。

 厳しい愛のムチとか言って暴力をする親に育てられた俺は自分の子供には絶対にそんなことをしないと心に誓っていた。

 だけど遺伝ってやつは怖い。自分の子ばかりか妻に対してまで最近は苛ついて口が悪くなり怒鳴っている自分の姿があった。



『お腹触ってみて』 ピクン 『あっ、動いた。育っているんだな、かわいい子だろうなぁ。名前は優しい子に育って欲しいから優介はどうだろう』 『良いわね、そう育ってほしいわ』


 オギャー 『生まれたか!』 三千六百グラムの元気な男の子ですよ 『幸せ一杯に育てような』


『ちちって言えるか? ちーちだ』 じち......ちち! 『おぉーよく言えたなー!』



 産まれる前のことも昨日のように覚えている。こんな自分は今更やさしくなれるだろうか? 

 答えは簡単だ、ならないといけない。優しくならなければこの先何年でも俺は後悔する人生を歩むことになるから。


「土曜にはどこかに連れてってやろう。水族館がいいだろうか? 動物園か、川で船に乗るのも楽しそうだな」

 小さいころたまにだけ連れて行ってもらった楽しい思い出がある場所をいくつか思い出す。

 今日は目が覚めた、自分の態度を改めるきっかけを得たから。明日あいつに相談でもしてみようか。


                    *


 プルルル......


「はい、もしもし木手きてさん? 今週末金曜日? 仕事は休むのねわかった。えぇ、楽しみにしてるわ」


 あの人と知り合ってから何年かたった。最初はかわいらしい人だと思っていたけど、今じゃすこし会うのが怖く感じる。でも会うことにはマイナスな要素はとても少ないから最近は気にしないことにしているけど。


「優介、週末おとなりさんに預けてい~い? ママお出掛けしないとなの」


 時計の針は両方頂上にたどり着く、そろそろお昼頃だ。


              *


「どうした? 今の電話の感じは彼女でも出来たのか?」


「ちょっ先輩、聞いてたんですか? そういうとこ性格悪いですよ」


「そうか、初詞はつじにも春が来たのか! めでたいな。昼奢るぜ、カツ行くか」


「昼か。良い時間ですね、大盛り行っちゃいますよ」


   ―――カツ屋店内


 サクッ......ジュワ サクサク......ジュワ~


「やっぱうめえなここの」


「そっすね。そういえば先輩、相談あるんですけど」


「ん? どした?」


「自分、車買ったんですよ。税金が安いEV車なんですけど」


「あっそうなの。へぇ~写真ある?」


「これですスーパーホワイトっていうまあ、白色です」


 外車が写真には写っていた。中古でも値が張るはずだが。


「例の彼女乗せるのか、楽しそうだねぇ」


「そういう先輩はどうなんですか? 子供産まれてから出掛けたりとかしないんですか?」


「あっ、そうだ俺も相談があるんだけどいい? それがな―――」


「それは多分水族館のほうがいいですよ。週末雨らしいですし」


「だな、雑学でも調べとこうかな」



   ―――家


 あれから相当悩んでやっぱり結局水族館に決めたが優介が嫌がる可能性もある。

 よし、誘ってみるか。ここで怖じ気ついてちゃ変われない。


「おい、優介あのーあれだ週末は暇か? えっとすい、水族館に行こうかなって思うんだけど」


 優介が首を傾げて妻を見た。


「しゅ週末はあのー優介とママ友の集まりに行かないとなの」


「あっ、あーそうなの......。ちょっと残念だな。いや! まあ、良いんだ予約したわけでもないしなママ友は大事にしたほうが良いし」


「ごめんなさい、あなた」


 急にお出かけに誘えばこうなることは簡単に分かったことだから、だからこそそれを考えなかった自分がどれほど自分勝手な奴なんだと思い知る。


「今週がだめなら来週はどうだ?」


「来週なら優介も私も予定はないわ」


 じゃあ、来週に備えて土曜には妻も優介も出掛けるって話だし俺は水族館までの下調べをしようか。駅まで歩くだけでも話の種は生まれるはずだ。



 ―――金曜日


「土砂降りだな。明日晴れるといいけど」


 あれ? 今日は初詞休んでんのか?


「あっ、今日初詞って......」


「初詞君なら休みとったって」


 昨日そんなこと言ってなかったのに


 プルルルル......お留守番サービスに接続します。


「大丈夫か? あいつ」



 ―――昼過ぎ


 外回りに出たはいいけど靴下までびっしょりだ、家寄って着替え取るか。


「やっぱこの道は歩くべきだな、晴れたら鳥もよく飛んでるし。だけどカーブで車が危ないかも」


 ッパァーーン ドンッ  ズシャァ


「......こうなるっ......てことだ......な」



                   *


 ゲリラ豪雨にも思える梅雨の雨が降っている。


「昼ぐらいから雨になっちゃったね。ま、車だしいいでしょ」


「木手くん、優介お隣さんに預けてくるわ」


 それらしい理由をつけて半ば無理やり預けちゃったけど大丈夫かな?


「それじゃ行きましょ」


 バタンッ


 車の中でも雨の音が響く。


「あっ、先輩から電話来てたわ~出といたほうが良かったかな」


「うちの人は休んだの知らないの?」


「朝知ったって感じじゃないですか? 電話きてたの朝だし」


 車通りの少ない道をゆく。カーブでも速度が自然と上がる。


「あっ、やっべ」


 ッパァーーン ドンッ


「人轢いちまったわ」


「ねえ、もしかして今轢いたのうちの人じゃなかった?」








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

梅雨と私 神奈川県人 @local0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ