16. 仕事無し~現~
仕事無し、予定無し。
そんな1日を今まで過ごした事があるかどうかも
記憶が無くて分からないけど…
いつの間にか増えていく自分の記憶に驚いた。
朝起きて、2.3日中の日常を思い出すのではなく、
霊との会話だったり、視た霊の記憶の中の出来事が
頭の中をグルグル回り出す。
思い出して胸が飛び跳ねたり、落ちて沈んだり…
浅くて意味のない自分の存在が
少しだけ重みを増していく。
そして…僕…霊と愛し合う関係になったのか??
死神と霊が…?
まぁ…それにしては霊が泣いていたり、
僕の記憶がいつまで保つか分からなかったり、
凄く不安定な上、唇を重ねるとまた霊の記憶を視て
殿下との関係を視てしまうとか、どうかと思う…
今日だけだろうか。
また仕事がある日常に戻れば、
霊の事を考える時間も減って
霊と過ごす時間も減って…
眠る前に霊と酒を飲めれば
平穏に毎日が過ぎていくと思うんだけれど。
そっと飲み物を部屋まで運んでくれたり、
朝食まで作って運んでくれたの霊の姿を探しても
見当たらないし、屋敷もいつもより静かだ。
「…どこにいってたんだよ…」
「ん?何を探している?」
急に後ろのドアから霊が現れ、
同時に花の香りが沢山押し寄せて来た。
「…お前を探してた」
「……」
なんとなく暗い顔をしている霊。
「…花畑に行ってたの?」
「…ああ、まぁ」
「…落ち込んでいたのか?どうした?
あ、僕に精気を取られたから?
僕も連れてってくれれば良かったのに…
御礼も兼ねて、前みたいに少しなら慰めたり…」
「いいんだ」
「…お前、昔から頑固…」
「……」
「まぁ…真っ直ぐで純粋な所がお前の魅力だけど」
「…はぁ…お前まで子供扱いか」
「僕より長いこと時代を見てきたお前を
子供扱いするはずないだろ。ただ…
お前が断言すると、意地を張ってるというか…
何か我慢しているように聞こえる…」
「アンタに…」
一歩、一歩、近づきながら、話す霊。
ドキ、ドキ、と胸がなり、固まる僕。
「アンタに、キス、したくなるのを…
俺は我慢しないといけないんだろ」
「ッぇ、」
「…変な声出すなよ。
…可愛い反応したらキスするぞ。
…もう見たくないだろ?」
「な、なんだよ。今までなら…
人の迷惑なんて考えずにしてくるくせに」
「……」
ふわっと、花の香りで包み込まれるように
霊に抱きしめられる。
…なんで、こんなに胸が締め付けられて
申し訳ない気持ちになるんだろう…
「…ッなんか、ごめん」
「…謝られると…やっぱり、
しない方がいいのか……まぁ…昔から
理由を付けないと出来ない意気地なしな男で…」
「いや…お前が、まるで汗を拭うみたいに、
涙を当たり前に流して、それを雑に拭うから…
……救ってやれなくてごめん」
「………救われてる。
そんなふうに、俺を思ってくれてるだけで、
俺の存在が救われてる」
暫く抱きしめられていた。
…優しく包まれているだけで安らぐ痛み。
胸が、胸の奥の奥が、
跳ねたり苦しくなったり締め付けられたり、
熱くなったり柔らかく包まれたり。
「…僕は、お前が、何故か、凄く……恋しい」
「……」
暫く続いた沈黙の後に、ゆっくりと霊が話し出す。
「……アンタに会った時、
あまりにも殿下に似ていて…
殿下かも知れないと思った。
生まれ変わりかも知れない、
記憶を無くしているだけかも知れない、と
ずっと…期待してしまうのも事実で…
けど、殿下となんの関係が無くても、
たとえ顔付きが違っても、
アンタが好きな事も事実なんだ。
……アンタが好きだ。
ッ、けど、これも殿下を裏切る行為なんじゃとか、
考えてしまって…
自分の過去の傷も消えるわけじゃなくて…
どうしようもなくて…
殿下が好きだった百合の花畑で
殿下が作った百合の漢方薬を思い出して、
百合の香りを一身に浴びて、
……これから、俺はどうしたら……」
何十年、何百年も……引きずったまま…
…あの花畑の沢山の花は、
漢方薬にもしていた百合の花か……
懐かしいような百合の香りがまだ強く広がる。
もう全て忘れたくは無いのか?
好きな気持ちは過去のものだとしても
幸せと同等ではないのか?
「……天国へ行きたいか?
僕なら連れて行けるかも…」
「アンタは?」
「僕はあとどれくらい死神として仕事するのか
分からない…」
「俺は、まだ…アンタと過ごしたい……
アンタの助けになれるのであれば尚更…
昔から言い訳や理由を作らないと
口付けも出来ないような
どうしようもない男だけど……」
霊に包まれたまま頭を上げると
ちょうど…また当たり前のように涙が伝う頬。
霊の大きな瞳を覗くと、潤んだ瞳に僕が映った。
霊が'どうしようもない'なら
僕はもっと'どうしようもない'のに。
「……キス、…をしなくても、
深く交わる行為……を…したいと思わないか?」
大きな瞳が、更に大きくなって
飛び出すんじゃないかと思った。
…自分で発した言葉に
僕の心臓は半分どこかに飛び出していたけど…
優しく抱きしめてきていた霊の腕が
一気に強く僕の肩を押さえてきた。
そして、霊の唇が僕の首を貪るのうに這う。
「…ッ……」
「……」
無言でそのまま押し動かされる…
これは、ベットに進んでいるのか?と思った瞬間
霊の能力で僕のベットへ瞬時に移動していた。
押し倒されて僕はベットに沈む。
霊は僕の首や鎖骨を舐めたり吸い付いたり…
勢いが良すぎて食べ物にでもなったような感覚で
が、霊の動きが次第に鈍くなり、
ゆっくり止まった。
僕も、思考も身体も…止まって固まる。
「……したい、とは思うが……」
「…あ?……ああ…」
苦しそうな霊の掠れた声に驚いたが、
僕も急に出した声は掠れていた。
僕の上に跨り、両手を僕の肩の隣に付き、
僕を食べようとしていたはずの霊が…
また、泣きそうな顔になって固まっている。
「……経験が…無いんだ」
「へぇ?」
「……ちょっと、今日は……
このままここで寝てもいいか?何も……しないで」
「あ…ああ……そっそうだよッ
ただ一緒に、寝ないか?っていう事だったんだよ」
「………そうか…」
僕は、セックスをした事あるんだろうか。
……そんな疑問は、どうでも良かった。
した事があっても、覚えていないし。
霊は……当然、した事があると思っていた。
深く問い詰める気は無いが、
『経験が無い』ということは
殿下とした事…無いという事か…?
それで僕ともゆっくり進もうとしているとか…?
さっきの勢いは消え、
布団に埋もれながら二人で優しく抱きしめ合う。
セックスという行為、深く身体を交えなくても、
くっ付いて寝る行為は落ち着くような…
ソワソワして寝付けないような。
…少しすると霊から優しい寝息が漏れ出す。
逆に僕は少しだけ胸の奧がザワザワと鳴る。
そんな不安な気持ちには気付かないフリをして、
僕もやっと現れた睡魔に思考を預ける事にした。
巡り会う魂たち けなこ @kenako
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