15. 太陽の下~前.現~
太陽の下で軍服を着た男達と列を作り
訓練やら任務やらで走り回っていた。
夜は殿下を迎えに行き、二人で散歩に出かけたり
酒屋の店先で盃を交わしたり…
屋根裏に身を隠す事は無くなっていた。
「今日は疲れたし時間も無いから、
ここ、私の部屋で呑もう。名酒もあるし」
「…ああ、今日もお疲れ」
「
今日、剣をずっと振り続けていた」
「まぁ…」
「実際に戦っていたな。試合か。
だいぶ勝ち進んでいたようだ」
「見てたのか?」
「ああ。少し見ていた…」
注いだお酒をグイッと飲む殿下。
続いて顔を背け口元を手で隠して飲み干す霊。
…目上の人の前ではそんな飲み方が礼儀らしい。
「…隠さずとも良い。
…この指、たこや傷だらけではないか」
口元を隠していた霊の手を取る殿下。
「…離してくれ。酒が飲めない」
「片手で飲めば良いではないか」
「注げないし…隠せない」
霊の盃に酒を注ぐ殿下。
「ほら。飲め」
手を握ったまま飲ませようとする殿下を睨んで
顔を背けて飲む霊。
手を悪戯に離さない余裕そうな殿下の指を
霊からも握り、二人手を繋いで飲み始めた。
「フッ…俺達どんな状況だ?
今…誰かが尋ねて来たら…」
笑い出す霊が殿下に問いかけると、
逆に殿下からは笑顔が消えた。
「恋仲、に見られてしまうか……
其方には政や権力の謀に巻き込まれて欲しくない」
「…大丈夫、大丈夫だ」
霊は酒が無くなるまで殿下の手を離さなかった。
「…時間は平気か?」
「あぁ…其方が疲れてなければ」
「俺の為?」
「……」
「俺が疲れてると思ったのか」
「…毎晩付き合わせているからな」
「…薬は?」
「え?あ、飲む気になったか?」
受け取った漢方薬を霊は殿下の口に突っ込んだ。
少しの期待がやはり裏切られたようで
ポカンとする殿下。
「……」
「殿下の方が疲れた顔だ…」
飲む込まずに黙っている殿下の唇を唇で塞ぎ、
喉を撫でた。
霊は殿下の舌と舌を深く絡めて…
自分の唾液か殿下の唾液か…溢れそうになっても、
喉の動きを撫でながら確認し
殿下が薬を飲み込んでいないのが分かるから
唇を離さない霊。
「…ッ…」
出来るだけいつもの様に薬を奥へ押そうとしても
甘い酒の香りに更に酔ったのか、
もう片方の手で殿下の腰を引き寄せて
身体を密着させた。
そして殿下の舌をジュルっと吸う霊。
いつもより強い勢いに負け、
わけが分からず薬を飲み込んだ殿下。
「…ッ、ケホッ」
咽せ、密着した身体を剥がすように
離れようとする殿下。
腕は回したまま殿下を離さないで霊が覗き込む。
「…悪い」
「なに、が」
「酔ったようだ…」
「ああ…そうだな、つい飲み過ぎてしまう…」
「…薬、飲んだな?
そもそもその漢方薬は効くのか?
何度も飲んでいるのだろ?効いてるか?」
「…まぁ飲まないよりは効いてるはず…気休めだ」
「きやすめ?…その気休めを俺にまで…」
殿下は少し呆れた様子の霊の胸にぽすっと倒れた。
霊の肩に顔を埋めながら話す殿下。
「俺の人生は全て気休めだからなぁ…政も気休め。
納得いかぬ事ばかり…
信じる書や信じる者を信じて、
気休めにするだけだ…」
「……」
「其方…帰る、よな」
体を委ねながら話す殿下をそっと抱きしめる霊。
「帰るが…そうだな、
俺も、全て気休めだと思うぞ…」
「
世子様とお会いしたいという方がッ」
急に騒がしくなった部屋の外。
内侍の男の声が響く。
「では…」
身軽に姿を消して帰ろうとした霊。
が、殿下は霊の腕を離さず…
寝床の布団に押し込んで隠し殿下も入り顔を出す。
「(ちょ、なぜ…)」
「(静かにッ)なんだ、入れ」
内侍が部屋へ。
「失礼いたします…
もうお休みになられてましたか」
「ああ…寝ていた」
「大変失礼しましたッ何度も同じ男が…
両班の殿方が世子様に会いたいと来ておりまして…
今、お通ししても宜しいですか?」
「…今?それは断る」
「ですが言う事を聞いてくれず…
もうそこまで来ていて…」
布団の中で霊と殿下は密着していたが、
霊は更に殿下の手をとり…
その手が心地良さげにおでこや頬に当てた。
「…ッ…そちも下がれ」
「ですが」
「酷いですな。
会いに来てくれぬゆえ訪ねて来たのに…
良いのですか?奥方達との事や、
身籠っている世継ぎ様の出生の秘密が漏れても…」
男は部屋に半ば無理矢理入ってきてしまった。
息を潜める霊。握った手が熱くなる。
「…ッ、…下がれ。
私に何度も同じ事を言わすのか?」
「ッ」
「……秘密、秘密が漏れたら、
其方の身どころか家系諸共どうなるか分かるか?」
「…ツ」
「失礼しましたッ」
そそくさと出て行く男と内侍。
「はぁ…其方の事がバレずにすんだぞ…」
殿下がそっと布団を捲る。
「?…横になると寝てしまう生き物なのか?」
殿下の手を顔に当てながら寝てしまった様子の霊。
「…おい?まことか?え、酒のせいか?」
僅か数秒で寝てしまった霊が信じられない様子で
殿下は霊の寝顔をじっと眺めていた。
「…泣いたのか?涙が流れてるぞ?」
寝むったままの霊の隣で
手を取られたまま横になる殿下。
もう片方の手で霊の顔に触れて悪戯しながら…
殿下もそのまま眠りについた。
*現在*
「……ッ」
少しの頭痛に堪えながら目を開けると…
いつものベットだけれど、すぐ隣に霊の寝顔。
自分の手が霊に握られたままだ。
「…ん?あれ?これ…さっきの夢…
というかさっき見た霊の記憶と…同じ…」
霊を見つめながら、
空いている方の手で頬や睫毛に触れた。
「……?霊の記憶なのに、
最後はなんで殿下から見た霊なんだ…?
霊はあれで起きてたのか…?
けどどう見ても殿下からの景色…」
「…ん…死神…起きたか…?」
目を擦りながら…目を覚ました霊。
「…ああ…」
「どうだ?まだ調子が良くないか?」
「…ぁ、だいぶ元気になったような…
お前のおかげだな。…ありがとう」
「いや…」
「胸も頭の中もだいぶスッキリした」
「……」
元気になった所を見せようと少し動こうとしても、
霊が手を離そうとしない。
眠りにつく前に霊との会話を思い出した。
調子が悪くて意識も無くした後だったから
意識が戻ってすぐは冷静さが欠けて
思った事を包み隠さず言ってしまったような。
殿下や姉上の事…かなりの嫉妬を口にして…
そんな僕に霊は…
『俺はアンタが好きだ。
これからも一緒に住みたいし、
守れるものなら悪霊だの記憶だの…何事からも
アンタを守ってやりたい』と…
思い出してしまうと更に恥ずかしさが込み上げる。
「ッ…自分でも調子悪かったのは覚えてる…
もう大丈夫だから…手を…」
「…離さ…ないと駄目か?
このまま…まだ休むといい」
「…ッ、お前は…慣れてるかも知れないけど、
こんな風に手を繋ぐのだって、
僕にとっては…ちょっと…気まずいッ…」
手を振り解こうとしても、強く握られる手。
霊は僕の手を両手で包んでおでこに当て、
祈るように目を瞑ってしまった。
「……チョ…離して…」
ほぼ諦めた気持ちで声をかけ、
黙り込む霊を間近で眺めて待つしか出来ずにいた。
数分経った頃、霊の頬から雫が落ちた。
…息を殺して泣いていたのか。
僕の事を心配したからか?まさかな…
また、殿下の事でも思い出して…か。
愚問は口に出来ず、胸を締め付ける。
僕がため息を吐くと、
霊がやっと手を離してくれた。
「…明日も明後日も仕事は無いはずだ。
ゆっくり休むといい」
そう言った霊の頰にはまだ涙の後があって…
顎には雫が付いていたが、霊がそれを自ら拭った。
まるで汗でも拭うように。
静かに部屋から出て行った霊の背中も、
汗を拭うような涙を拭う仕草も、手の感触も…
全部僕に関係しているようでも、
実は僕には関係無いもので…
どうにかしたいと思っても、
きっとどうする事も出来ない事なんだろう。
「…なんでこの胸はまた…こんなに痛むんだ…」
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