14. 繋いだ手~前~


繋いだ手を離し、今入ったばかりの殿下の部屋から

出て行こうとする霊。


「…では」


「待て」


「これを飲め」


「いや…それは何度も言ってるが

皇族が飲む貴重な漢方薬だから…」


殿下が何やら宝石箱のようなもから

飴玉のようなものを取り出した。


「…其方はいつも胸を叩いて…治らぬではないか」


「殿下も疲れているから殿下が飲め」


「…言う事聞かぬな…」


呆れた殿下は薄く笑いながら口に含んだ。

…そして、じりじりと霊に近づく。


「…?、な、なんだよ」


「フフッ…これを、飲まざるを得ない状態に…」


霊の両腕を掴み、顔を近づけてくる殿下。


「…私の言う事を聞かぬなら、力ずくで…」


「ねじ伏せられるような子でもないが?」


「ほ、そうか?」


確かに前より視線の高さ、肩や腕の成長を感じる。

…けど殿下には全くそうは思われてないようだ。


「ッいつまでも子供だと思うな…」


余裕気に含み笑いで近づけてくる殿下の唇を

少し怒りながら指でなぞる霊。

多分殿下は口移しで漢方薬を飲ませようとしている

が、霊は拒みながら別の行動を…

指で唇をなぞりながら塞ぎ、

霊はもう片方の手を首筋へ…

首筋には誰かに付けられたような赤みがあり

そこを指でなぞり、

喉仏を擽るように優しく撫でた。


「ッ」


「…飲んだか?」


「…いや?其方が飲め」


霊は殿下の喉仏を親指で押さえ、

他の指を首の後ろに回し…

引き寄せるように唇を重ねた。

自分の舌を殿下の口内へ押し込む。

漢方薬を転がしながら奥へ押し…

苦しそうになった殿下、覆った唇をやっと離した。


「…ッ、ケホッ」


「…飲んだ、な?」


「……もう一つ持ってくる」


「では、帰る」


怒りだした殿下が

霊を離さずに捕まえようとしても、

スルリとかわし笑いながら帰る霊。


「おい!明日の夜も来いよ!」


「フッ…では明日」


「明日はっ其方が漢方を飲めよっ」


「力づくでか?また殿下が飲む事になるのでは?」


去り際に振り返ると、

殿下は怒った顔から笑顔になって

漢方薬の箱を片付けていた。





また別の日だろう。殿下の少し後ろを歩く霊。


「…今宵もこの辺は栄えているな」


「ああ…この辺は飲み屋が多いから…!っと

…前を見ろ」


「…あぁ」


笠の上から布も被り顔を隠しているからか、

回りが見づらそうで

すれ違う人とぶつかりそうになる殿下。

ぶつかる前に抱きしめるようにして庇う霊。


「…其方と散歩しているのに、

其方を見ようとすると後ろを見る事になる」


「…なら隣を歩けと言えばいいだろ」


「…言っても聞かぬくせに…」


ボソボソと文句を言う殿下の隣を、

慣れない素振りで歩く霊。


「…はぁー…俺も酒が飲みたい」


「飲めば良かろう」


「…飲むか?」


「あ、ここで暫し待て」


急に姿を消した殿下。

ほんの数分なのに、胸を叩いてソワソワしだす霊。

…あぁ、こうしていつも

情事の時など待たされているからか…


「待たせたっ…大丈夫か?」


「ああ」


「…ここに私が飲みたい酒が置いてあると…」


「…それを聞きに行ったのか?」


「ああ」


「…今度からは、何をしに行くか、

何で待つのか教えてくれ」


「え?」


「…心配で…」


「…あぁ、悪かった…胃が痛むか…

後で漢方薬を…」


「……」


酒屋の店先で盃を交わした。

穏やかな夜、

風に吹かれて揺れる布から覗く殿下の顔を、

霊は見つめながら。


「…その衣…」


「これか?綺麗だろ?

笠を取ればすぐおなごに変装出来る」


「変装…」


「変装は大事だ。其方みたいに黒づくめもいいが、

すぐ人混みに紛れるのも大事で…癖だな。変装は。

…何度も命を狙われて来たからな。

宮廷内でも、宮廷外でも」


「……」


酒を飲んでいるからか饒舌な殿下。


「何度も狙われると…

私の死を願う人がこれほど多いのかと…

身近な人も信用してはいけない世だからな」


「…世子、だからな」


「ああ。なぜだろうな?たまたま王の子供として

1番に産まれてしまったばかりに…」


「…綺麗だ」


殿下に見惚れて、つい口走ってしまった言葉。

…昔から馬鹿だな…


「え?」


「あ、世子だから妬まれる事もあるだろうが…

それでも楽しそうに生きてる殿下は人として、

綺麗で魅力的だから、妬まれるんだろうな、と…」


「…フフッ…ああ。綺麗だろう?

先皇后である母上譲りの美貌は

父上からも愛されているが…

…私…楽しそうに見えるか…」


「悪い…呑気に楽しそうだとか…

いつも明るいくて可愛く笑うし…」


「いつも…?私が笑うのは

其方といるからだと思うが…」


「!」


「ッ」


嬉しい言葉だからかピクッと反応してしまう霊。

自分で言った事に

改めて気付いたように照れ出す殿下。


「…こ、この酒、やはり美味いな」


「あ、ああ。美味い」


「いやー…飲み過ぎてしまいそうだな…

酔ってきたかな。そろそろ帰るか…」


と言いつつ座ったまま…

少しずつ盃を口にする二人。

風で花びらが盃に浮かぶのを見つめたり、

お互い顔色を伺いながら…

会話が無くなっても、微笑み合う二人。


…鮮明でゆっくり流れる記憶。

この時、霊がとても幸せだった事が伝わる。


何度も微笑み合った後、

心地よい感じのまま店から出て…

二人自然に寄り添うように並んで歩く。

皇邸に着き、部屋まで送り届けると

殿下はやはり漢方薬を持って来た。


「…飲め」


「あれ?力づくで飲ませるのでは?」


弱々しく渡してくる殿下に、笑ってしまう霊。


「…飲むか?」


「殿下が飲め」


「…そう言うと思って。

けど…今日も胸を叩いていただろ」


「殿下もよろけていた」


「…其方が飲め。私はいつも飲んでる」


「嘘だ。それがどれくらい貴重な物だか知ってる」


「…いいから」


怒った顔で霊の口に薬を突っ込んでくる殿下。

霊は目を見開いて驚いたけれど、

すぐに殿下と唇を重ね

深く舌を絡める隙に薬を押し込んだ。

飲み込むまで唇は重ねたまま。


殿下の喉や首を撫でながら唇を深く重ねる霊。

舌を奥まで動かすのも薬を飲ませる為、

喉を撫でるのも薬を飲み込んだか

確認する為なのに…


「…ッ」


「…飲んだか?」


「そ、其方、どこでこんな…」


「?」


焦った様子の殿下。

唇を離して霊が問いかけると、

目が合った殿下は顔を赤らめた。


「…いや、なんでもない」


「顔が赤いぞ?苦しかったか?

…力づくは諦めたらどうだ?」


「あ、この漢方薬を疑ってるのか?それなら

信用出来る者から入手した薬草を私が自ら…」


「いや、疑っていたら殿下に飲ませない。

殿下も俺に飲ませようとはしないだろ?

胃の痛みは近々治るはずだから…」


「治るはず?…フッ分かるのか?」


「…ああ。殿下と散歩すると

嫌な事も忘れて落ち着くからな。酒も美味いし」


「お?子供の癖に名酒の味が分かるか。

明日は更に美味い酒を探してみよう」


「…力づくで勝てるようになっても子供扱いか…」


「え?なんと?」


「いや…子供にどんどん酒の味を教えてくれ」


「ああ」


「では…次は…」


「また明日」


「…では、明日」


霊は笑顔で挨拶し、殿下の赤い頬を撫で

更にクシャっと笑い殿下から離れた。


「…子供…だと思っていたのに…」


後ろから殿下の声が微かに聞こえた。

少しして振り返ると、

まだこちらを見る殿下と目が合った。

…目が合う予想はしていなかったからか

心臓は思い切り跳ねたけど

何気無い振りをし、背を向けて帰った。



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