13: 胸の血流~現.前~
*現世*
胸の血流が僕にまで移ったような感覚で
不意に目が覚めた。
さっきまでの胸の苦しさと区別が付かない…
「……ッ…」
「大丈夫か?!」
ベットに寝ている僕に
上から心配そうに覗き込んでくる霊。
…これは現実か…
「……大丈夫、ちょっ…と、苦しいけど…」
「ああ…何か飲むか?水を今…」
立ち上がって水を取りに行こうとする霊の服を
無意識に掴んだ。
「……水…」
「…お前……キス、しただろ…」
握りしめた服の袖、手にした感触で
現実だと実感していくはずが、
胸、心臓の動きは激しくなるばかり。
「あ…あぁ……それは俺の精気を注ぐ為に…」
「…だから…か…ありがとう」
「へ?あぁ…どういたしまして…
お役に立てたのなら…」
「……僕が殿下と似ているからか?」
「……」
「一緒にしないでくれ。
お前がどれほど殿下に惚れてたか分かったから」
「一緒にはしてないと言った…ああ、忘れたか。
あ…混乱していると言ったんだった…
けど、一緒にはしてない。アンタはアンタで…
この先も言おうか?迷惑ではないか?
もし忘れられてしまったとしても何度でも、」
「あぁ…言ってくれ…
僕は…お前の事なら、全部覚えているから…
何故だか分からないけど、出会った日からずっと」
「……そう、なのか?」
立っていた霊が、ゆっくり顔を下す。
僕が握っているからシワクチャな袖を引こうとせず
ただ上から手を握ってきて
僕の顔にゆっくり顔を近づけてくる。
「あぁ……けど、お前、昔、若い娘と親しそうに…
あ、あれはお前の姉上なのか…
こ、婚姻はしたのか…?いや、それはどうでも…
ッお前が忘れられない殿下は、男とも女とも
なんであんな殿下の事をそんなに…」
自分の気持ちでも無いのに
霊へと感情移入してしまったからか、
悪霊の記憶を見てしまったからか、
思考回路が膨らみ過ぎて破裂してしまった。
混乱して落ち着かない僕を霊が力強く抱きしめた。
「……聞いてくれ。
俺はアンタが好きだ。
これからも一緒に住みたいし、
守れるものなら悪霊だの記憶だの…何事からも
アンタを守ってやりたい」
「……ッ」
「苦しんで欲しくない。
過去は過去だ。そんなに気にする事じゃない…」
「…お前は、お前が…過去を引きずって…」
「…ごめん。けど、アンタは気にするな。
アンタはアンタで、好きなんだ」
寝たままの僕を上から抱きしめてくるから
僕の心臓が、霊の重みと胸の鼓動を
同時に直に感じる。
この込み上げてくる痛みの原因はなんだろう。
原因がありすぎて…混乱して分からない…
「…僕には何もない……
ただ、大きな罪を償うだけの存在で……
記憶なんて、直ぐに消えてくし…」
重なる唇。
伝わるのは気持ち…
霊の言葉『好きなんだ』が響いてくる。
精気をまた僕へ分けようともしているのかも。
……優しいキスで、
また夢ような眠りの中で霊の記憶が視えてくる。
***前世***
月夜の店先。食事の帰り道だろうか。
殿下の後ろを歩く霊。
「そろそろ私の為に部隊に入りたくなっただろ?」
「いや。…その問い飽きないか?
答えはいつも同じだ」
「…其方の強さ、性格には
部隊がお似合いなのだがな…っと」
よろけた殿下の腰を支える霊。
一瞬だけ怯んだのは殿下の…腰の細さだろうか。
「…殿下こそ、身体に無理して…
今日だって楽しく無さそうなのに
何をしているのだか…」
「政だと言っているだろ」
「こんなに足にも腰にも力が入らない程?」
霊が殿下に問い詰める。
…食事では無く、またどこぞの両班とでも
密会していたのか。
腰を抱き寄せてられて余計にふらついた殿下は
霊に身体を少しだけ委ねてそのまま歩く二人。
「ッ其方に心配されなくとも…生きる術なゆえ…」
「…部隊に入るにも飾りの部隊は嫌だし、
戦いに行く部隊だと
俺がこうして殿下をお支え出来なくなるぞ」
「その時はもう危ない忍び事はやめるか…」
「!やめるのか?」
「あ?…もうすぐ王位も継承するし…」
「…やめるのか…」
「…世継ぎも生まれる予定だ…」
「……」
「…歩きづらいから離さぬか、」
「もう世継ぎの為に
奥方や両班と抱いたり抱かれたり…、
やめるのか…?」
「…世継ぎは何人も必要だ。
一人の世継ぎなど命が狙われて仕方ない。
…まだまだ秘密を共有する男が必要なんだ…
奥方を僕では無く、抱ける男が…」
「両班、が、奥方を抱く?」
「フッフッ…其方、
これは墓場まで持って行く秘密だぞ?
僕の子は…世継ぎは、僕の子か両班の子か…
誰も知らない秘密だからな。
…僕が不能な故に行き着いた策だが
…やめて欲しいのか?」
「……」
「この国の未来を握る世継ぎぞよ?」
「……」
「まぁ…どうすれば良いかなど、
誰も分からないがな…」
「部隊に入るか?フッフッ…脅してるみたいだな」
「……」
「……おい、どうして欲しい?」
「やめて欲しいが…」
「そうか…」
殿下がゆっくりと立ち止まった。
腰を支えたまま至近距離で霊も固まる。
「なぜそんなに俺に聞く…どうして欲しいかなど…
俺に聞いても仕方ないだろ」
「…なぜだろうな?
其方が私の言う事を聞かないくせに、
何を考えてるのか分からないから…」
「?」
「…聞かぬよな?その自覚はないのか?
今だって離せと、」
「……」
腰を支えていた腕を動かし、
そのまま包みこむように両手で殿下を抱きしめた。
顔を殿下の肩に埋めて暫くギュッと…
「…ッ…」
「……」
「……こら、離せ…」
「…部隊に入る」
「…そうか」
「あぁ」
「……」
暫くしてゆっくり霊が腕を緩め…緩む二人の距離。
顔が見える距離…
「……」
「……」
殿下は霊の手を取り…手を繋いだ。
部屋まで特に会話はせずに歩いた。
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